初段獲得の声 ── 一般の部


黒帯を取得して …… 菅原 まい (14歳 中学2年)


空手を始めておよそ7年念願の黒帯を手にすることができました。
私が空手を習い始めたのは5歳の時でした。その時は自分からやりたいという訳ではなく祖父に勧められたのがきっかけでした。
当時子供のクラスには同年代の女の子がいなかったこともあり、人見知りだった私は意欲がなくなってしまい紫帯まで進んだところで空手から離れていってしまいました。今となってはやめなければよかったと少し後悔しています。
また空手を再開したのは9歳の時でした。
妹が空手を習うことになりそれなら私ももう一度はじめようと少しドキドキしながら道場へ と向かったのを覚えています。およそ2年振りの私を阿部先生をはじめ下北沢支部の方々があたたかく歓迎してくださったのを覚えています。
けれどそれからの稽古も家が遠いというのもあり決して十分な回数通うことができませんでした。
しかし中学生になりまわりに空手を習っているという人もちらほらでてきたのですが私の帯の色を言うとなんだ~と言われることもあり私の負けず嫌いなところに火が付いたみたいで(笑) 今までいつか取れたらなと思っていた黒帯を明確な目標にして頑張ろうと決めました。
今回の初段審査本当は回数が足りず見送りになる予定でしたが、三年生になったら受験で今以上に来れなくなると思い今回を逃したらチャンスはいつになってしまうか分からないということで先生に頼んで足りないなりに稽古に通い受けることができました。
試験当日、前日の稽古で足の裏を怪我してしまうというハプニングがあり合格するか不安でしたが無事初段を獲得することができて良かったと同時にほっとしました。
これまで支えて頂いた阿部先生をはじめ道場の方々、そしてサポートしてくれた家族や友達に本当に感謝しています。
この場をお借りして、ありがとうございました!
これからもずっと空手を続けていきたいです。


菅原 まい 黒帯への道 14歳(中学2年生)


  2008.5.10   日本空手協会下北沢支部入会   5歳6カ月

9級 2008/8/30 24回   4ヶ月 5歳9カ月
8級 2008/12/13 29回   8ヶ月 6歳
7級 2009/4/25 29回   1年 1年生
6級 2009/8/29 26回   1年4ヶ月 1年生
仮5級 2009/12/19 33回   1年8ヶ月 1年生
5級 2010/4/24 23回   2年 2年生
4級 2010/8/28 29回   2年4ヶ月 2年生
  2010年 25回     2年生
  2011年 9回     3年生
  2012/6/16再入会 10回     4年生
仮3級 2013/8/31 69回   4年 5年生
3級 2014/4/28 19回   4年8ヶ月 6年生
2級 2015/8/29 29回   6年 中学1年生
1級 2016/8/27 18回   7年 中学2年生
初段 2016/12/4 18回 計346回 7年3ヶ月 中学2年(14歳1ヶ月)


基本!基本! …… 遠藤 保博  (54歳 自営業)


この度は初段を頂き誠にありがとうございます。
審査では基本、形とも満足のいくものではありませんでしたが 阿部先生を始め道場の皆様にご指導いただき黒帯を取得できました。
御礼申し上げます。

今となってはいい思い出ですが、
高校入学と同時に空手部(松濤館流)に入部し、それはきつく苦しい週6回の練習を引退まで続けました。
とにかく基本を重視した練習で他校が組手中心の練習をしている中、
その場での突き蹴りや移動稽古、形、巻き藁を延々と続けるものでした。
合宿では平安初段100回連続というような稽古もありました、

そのような練習をしてきて感じるのは空手以外も当然そうですが
やはり基本が最も重要なのだなと。
組手中心の練習でなくても結果組手に生きてくるのだなと。
他の道場にも私の子供が幼少の頃に一緒に通ったりしましたが、阿部先生の道場は
基本中心で細かいところまでご指導いただけるので入会して本当に良かったと思います。

50代半ばになり立ち方や引手の脇が空く等基本もなかなかうまくできず歯痒い思いをしておりますが、 あの時の基本練習があったからこそ30代で少しかじったコンタクト系空手では力任せではない腰の回転や脱力からインパクト時の一瞬に力を入れる 「突き」「蹴り」(協会でいう極めみたいなものでしょうか)で相手を効かす経験ができたり、 この歳になっても多少は身体が動くのかなと思っております。

年齢的に身体は老いていく一方ですがもっと「うまく」もっと「強く」なれるようライフワークとして精進していきたく今後ともご指導の程よろしくお願い申し上げます。


遠藤 保博 黒帯への道


昭和53年4月~昭和56年3月 高校空手部
平成元年 ~ 平成2年 日本空手協会総本部
平成11年  日本空手協会総本部
平成25年3月 ~  空手部OB練習会

  2014.5.29   日本空手協会下北沢支部へ総本部より移籍   51歳

1級 2014.12.13 27.5回   7カ月  
初段 2016.12.4 36回 計63.5回 2年6カ月  


黒帯を取得して …… 井澤日香 (13歳 中学2年)


  初段審査で黒帯をとることが出来たのは、細かいところまで指導してくださった阿部先生と、アドバイスしてくださった道場の先輩方のおかげです。 本当にありがとうございました。
  私は約5年前に下北沢支部に入門しました。その時はまだ、「父と兄が空手をやっているので私もやってみようかな」くらいの気持ちで、 そこまで空手に興味があったわけではありませんでした。しかし始めてみると、今まで知らなかった、体を動かすことの楽しさや、面白さを知ることができました。
  初段審査の日が近づくにつれて、私はいつもの何倍も気合を入れて稽古をするようになりました。気合を入れて稽古をすることで、気づいたことがあります。それは、 「空手という武道そのものが楽しい」ということです。それまで気づかなかったのが変だったのかもしれませんが、以前よりも強く感じることができました。 今回のような体験ができて良かったと思っています。
  しかし、黒帯が取れたからといって、技が上達したわけではありません。これからは、黒帯の名に恥じぬよう頑張らねばと思っています。阿部先生や先輩方、 今後ともご指導よろしくお願いいたします。


井澤 日香 黒帯への道 13歳(中学2年生)


  2011.5.7   日本空手協会下北沢支部入会   8歳5カ月

8級 2011/12/17 22回   8ヶ月 3年生
7級 2012/4/21 8回   1年 4年生
6級 2012/8/25 14回   1年4ヶ月  
5級 2012/12/15 9回   1年8ヶ月  
4級 2013/8/31 22回   2年4ヶ月 5年生
3級 2013/12/14 12回   2年8ヶ月  
2級 2014/8/30 25回   3年4ヶ月 6年生
1級 2015/8/29 26回   4年4ヶ月 中学1年生
初段 2016/7/17 29回 計167回 5年3ヶ月 中学2年(13歳7ヶ月)


初段取得に際して …… ペドロ・ラシェド (17歳 高2)


  私は2014年4月の上旬にJKAの下北沢支部に入会しました。その前、6年間(2006年から2012年まで)、ブラジルの糸東流空手道で始めました。 ブラジルでは、空手はあまり人気がなく、支部は私の住まいから遠かったのですが、私はどんどん空手が好きになり始めました。ですから、努力し、稽古に行き続け、 3級まで進級出来ました。始めから、空手に最も興味のある点は形でありました。
  2013年には、日本に引っ越したり、新しい学校に在学し始めたりしましたので、空手を脱退してしまいました。それでも、1年後、全てが落ち着き、 空手を続けたくありました。JKAの下北沢支部が見つけられ、阿部先生や先輩方々に優しく迎えられましたので、ぼちぼち慣れてきました。糸東流空手は、 松濤館空手と少し違いますので、慣れられるまで、少し時間がかかりました。ですが、毎週練習に来、みなさんのお陰で、半年で4級まで進級出来、2年間で初段を頂き とても嬉しいです。
  いつまで日本にいるか分かりませんが、初段で満足していません。まだ上達したく、弐段がもらえるように懸命に練習を続け、ベストを尽くそうと努力していきたいです。


ペドロ・ラシェド 黒帯への道


  2014.3.31   日本空手協会下北沢支部入会   15歳

4級 2014/8/30 24回   5ヶ月  
3級 2015/4/25 35回   1年1ヶ月  
2級 2015/8/29 22回   1年5ヶ月  
1級 2015/12/19 26回   1年9ヶ月  
初段 2016/7/17 40回 計147回 2年3ヶ月 (高2/17歳6カ月)


スタート地点に立てた日 …… 加藤 あまね (17歳 高3)


 私は空手を始める前、体操を習っていました。ある日、近くのスポーツセンターで空手の体験レッスンを受け、即入会することを決めたほど、魅力を感じました。 両親からも、唯一安心してみられる習い事だと言われるくらい、お稽古には楽しんで励んでいました。
 初段を受験する前、道場の他の先輩方が今まで以上にお稽古に来られていたのを見て、私も頑張らねばと思っていました。そのため、今年の春休みは週3回小学生、 一般の部と連続で参加させていただいた成果もあり、ご指導してくださった阿部先生をはじめ、先輩方のおかげで無事合格しました。
 自分の審査が終了した後、これで私も黒帯だ!と、うきうきしていたところ、弐段と参段の審査を見て今までの先生方がおっしゃていた、「初段が入り口」という 言葉を思い出しました。今までは、スタート地点に立つために努力していて、今後は向上することを目標にお稽古に励み、頑張りたいと思います。

2016年4月3日


加藤 あまね 黒帯への道


  2009年9月  コナミ(小平支部 高柳先生)入会   11歳

8級 2009.12.17        
仮6級 2010.7.05        
仮5級 2011.2.10        
5級 2011.10.06        
4級 2012.5.17        

  2014.4.26   日本空手協会下北沢支部入会   15歳10カ月

3級 2014.8.30 24回   5年 (高1)
2級 2015.4.25 29回   5年8ヶ月 (高2)
1級 2015.12.19 26回   6年4ヶ月 (高2)
初段 2016.4.3 23回  計470回 6年7ヶ月 (高3)

       下北沢支部で計102回 1年11カ月



弐段合格 …… 藤本 明 (27歳 会社員)


私が空手と出会ったのはまだ幼稚園の頃でした。母の尻をサンドバッグにするほどやんちゃだった私に「そんなに元気が有り余っているなら空手でもやりなさい」と 勧められたのがきっかけでした。
それから約20年余り.楽しいことも辛いことも沢山ありましたが、2015年12月ようやく弐段を取得するに至りました。
社会人になり時間の制約が多い中、やるなら今年しかないと腹を括り.阿部先生に弐段を取ると宣言して1年間空手とトレ-ニング漬けの日々を送り.秋の東京都大会では 組手準優勝の代償元々持っていた腰の爆弾が爆発し、それを引きずったまま昇段審査当日でも再発するなど大変ではありましたが、周りで支えてくれた方々のおかげで なんとか合格できました。
私にとって空手は自分を構成する一部であり、生活の一部です。
これからも修行を続け、より高みをめざしていきます。

2015年12月6日


藤本 明 黒帯(弐段)への道


  2010.3.29  日本空手協会下北沢支部入会   22歳

1級 2010.8.30 21回   5ヶ月  
初段 2010.12.5 16回 計37回 10年10ヶ月  
  2010     1回  
  2011     13.5回  
  2012     6.5回  
  2013     1回  
  2014     21回  
弐段 2015.12.6 65.5回 計108回 5年 弐段合格


黒帯を頂いて …… 滝澤 健 (13歳 中学2年生)


 今回、空手を始めてから約8年たち、ついに目標であった黒帯をいただくことになりました。
僕をきたえてくださった先生や道場の先輩達のおかげです。
 僕は、失礼ながら最初は空手をなめていました。しかし何回も通っているうちにいつの間にかとても楽しいものへと変化していきました。昔は他にもいろいろと 習い事をやっていたのですが、まだ今もやっているものは空手しかありません。それほど僕にとって大事なのです。
 先日、黒帯を受け取った時に先生から、「ここからが本番だ」ということをうかがいました。正にその通りだと思います。今回頂いた黒帯は中間地点、もっと自分の技 というものをこれからも磨いていきたいと思います。

2015年12月6日

滝澤 健  黒帯への道


  2007.2.17入会(4歳11カ月)

9級 2007.12/13 31回   10ヶ月  
8級 2008.8/30 32回   1年6ヶ月 1年生
7級 2008.12/13 22回   1年10ヶ月  
6級 2009.4/25 21回   2年2ヶ月 2年生
仮5級 2009.8/29 30回   2年6ヶ月  
5級 2009.12/19 23回   2年10ヶ月  
仮4級 2010.4/24 21回   3年2ヶ月 3年生
4級 2010.8/28 21回   3年6ヶ月  
仮3級 2010.12/18 18回   3年10ヶ月  
3級 2011.4/23 21回   4年2ヶ月 4年生
仮2級 2011.8/27 22回   4年6ヶ月  
2級 2012.4/21 22回   5年2ヶ月 5年生
  2012.4/22-12/8 16回
  2013.3/16 6回 本部合宿参加 2回
    以降 受験の為約1年休み
仮1級 2014.4/26 46回   7年2ヶ月 中学1年
1級 2015.4/25 34.5回   8年2ヶ月 中学2年
初段 2015.12/6    26回 計389.5回 8年9ヶ月  


弐段取得への道のり …… 千葉 理史 (40歳 会社員)


2015年12月5日に日本空手協会 2段を取得しました。
取得するにあたっては、いろいろな出来事がありました。いま思えば、2段を取得するための準備だったのかな、と思います。

まず2段の審査を受けるにあたっては、自分の中での2段のイメージがありました。そのイメージには、自由組手の試合で実績を残すことがあり、初段だったころは なかなか実績を残すことができない状態でした。You Tubeや試合時の練習、動きを見て練習し、1回戦は勝つことができ始め、そして5年ほどまえに出場した秋の東京都大会での 自由組手でベスト8まで進むことができ実績を残すことができた、と自分の中ではありましたので、そのころから2段の審査を受ける考えが出てきました。

それが4年ほど前。審査を受けようかと思った時、仕事で6か月間愛知県名古屋市と豊田市へ長期出張。週1回、2週に1回くらいで関東へ戻ってこられたものの、練習ができない 状態でした。このころは生活面でいかに空手が大きい割合で占めていたのを実感しました。それは体力面の低下でした。運動しない、マンスリーマンションでの生活でご飯の 量が必然と減り、スキーに行ったときや久しぶりの練習でへとへとになっていたことで実感しました。そんな経験から、空手が自分の人生で大きくかかわっていることを改めて 認識した時期でもありました。

長期出張も終わり、関東へ戻ってきましたが、今度は仕事の内容が変わり、勤務時間が9:30-0:00、1週間に1回くらいの割合での徹夜による長時間勤務が10か月間続きました。 週1で練習できていたものの、平日と日曜出社も重なっていたため、この時期も審査を受けるのが無理な状態。しかしこの頃は、空手の練習をしていたことで、長時間勤務にも 関わらず、体調面ではいたて健康。睡眠不足はありましたが、日々仕事をこなすことができていました。運動ができていることで体力面に不安はなく、組手練習では 1対1なので、頼れるのは自分だけ。そのおかげか精神的なプレッシャーにも耐えられていた気がします。

そして2年前に今の職場へ転職し、以前在籍した職場、業務ということもあり、忙しい状態はありましたが、なんとか週2回行ける環境でした。1年経過して翌年に審査を受ける 決意をしたものの、阿部先生からは審査を受けるにはまだまだ身体が固い。組手ももちろん大事なので下北道場だけでなく芳賀先生の道場へ行って、練習してきなさい、 と指摘を受けました。
なんとか審査を受ける許可を受けたものの結果は不合格。ただ、組手は合格だったので自分の中ではなんとも言えない精神状態でした。ただ、組手は合格でしたので芳賀先生 および練習に付き合って頂いた二子玉川道場の先生方、道場生、そして一緒に出稽古した関澤さん、宮代さんには報うことができたと思います。

今年は不合格の要素となった身体の柔軟性を軸として練習をしてきました。なるべく毎日、歯を磨きながら朝夜に開脚。土曜の基本練習後では前、横と足上げをして開脚を 継続してきました。まだまだ固い状態ではありますが、身体が運動によって熱くなれば脚も頭まであがるようになりました。今年の9月からは会社の組織変更により、 チームリーダー(マネージャ)となり、業務もかなり忙しい状態となりましたが、柔軟だけは遅い時間に帰宅してもできたので、継続することができました。 そして2015年12月5日に再審査を受け、移動基本と形をおこない、2段を取得することができました。

合格にあたっては阿部先生に移動基本、形と全般的に指導して頂き、柔軟では心平くんに協力してもらい、自由組手では主に横田さん、藤本さん、宮代さん、関澤さん、 渡辺さんに協力して頂き、そして形では広瀬さんにアドバイスをしてもらったりと多くの方々に協力して頂いたことで合格できたと思います。この場を借りて、感謝を お伝えしようと思います。
ありがとうございました。

今後も健康維持等で空手を続けていきますので、ご指導よろしくお願い申し上げます。


千葉 理史 黒帯(弐段)への道


  1998.11.19  日本空手協会下北沢支部入会   23歳

初段 2003.9.7 計249.5回 5年1ヶ月  
  2003.12     4.5回  
  2004     5.5回  
  2005     37回  
  2006     38.5回  
  2007     25回  
  2008     20.5回  
  2009     26.5回  
  2010     30回  
  2011     36回  
  2012     36.5回  
2013     53回  
  2014.12.7 >56回 計369回 11年4ヶ月 弐段不合格
弐段 2015.12.6 54回 計423回 12年4ヶ月 弐段合格


初段を取得して …… 天野 美香子 (27歳 会社員)


 「空手=瓦割り」、くらいの知識しか無かった私が初めて空手に出会ったのは、中学生の時でした。漠然と武道に興味があったものの、何も知らずに、 空手なら道着があれば手軽に始められると、そんな安易な動機で始めました。
高校生の時、下北沢に引っ越した際に、母親が下北沢支部を見つけてくれたことが入会するきっかけでした。
 見学に行った時に、日本空手協会の空手を見て、これが本当の空手だと衝撃を受けました。高校生の自分にとって、大人の方々と練習をするのは、とても新鮮なことでもあり、 あの時通うことができたのも、いつもみなさんが親切に接してくださったからです。
しかし空手が楽しかったけど、大学受験を口実にいつしか稽古に行かなくなりました。大学に入れば、学業や部活やバイトで毎日めまぐるしく、その時は空手を習っていたこと 過去のことで、もう二度と習うことはないと思っていました。そんな私が、再び空手を習いたいと思ったのは社会人になってからでした。
 仕事だけの毎日、心身ともにこのままではよくないと思い、何か始めたいと思いました。その時、中途半端に終わってしまった空手をもう一度ちゃんと習いたいと 思い立ちまた。
再び習うなら、家から下北沢まで1時間以上かかりますが、近所の道場を探すという考えは全くなく、もう一度阿部先生に習いたいと思いました。勇気を出して阿部先生に連 し、道場に行った時に、前に通っていたように道場の香りがして、ふと記憶が蘇りました。その時、自分のことなんてもう忘れてしまっていると思っていましたが、 阿部先生や校の時にお世話になっていた先輩方が覚えて下さっていたことが、とてもうれしかったです。
自分以外は茶帯や黒帯の形ばかりで、何一つ空手の名前や動きを忘れてしまった自分は稽古についていくのに精一杯でした。帯の色が変わるにつれて、どうしたら先輩方のよう 力強くできるのか何度も考えました。
 空手はやればやる程課題が出てきて、だれでも一生完璧にすることができないものだと思います。だからこそ、自分では気がつかなかったことを教えていただいてできる ようにる楽しさがあります。何度もやった形でも毎回する度に新しい発見があります。
 初段を取得するまで、つくづく自分に空手は向いていないし、早く辞めた方いいと何度も悩みました。それでも今まで通うことができたのは、空手が好きだし、 なにより阿部先はじめ下北沢支部のみなさんが好きだから諦めずに続けることができました。
阿部先生、先輩方のおかげでなんとか黒帯をいただいた今、新品の帯が硬く馴染まないように、自分にはまだまだ黒帯が似合いません。これからもっと練習して、 たくさんのこを学びたいです。
今まで本当にありがとうございました。今後ともご指導の程どうぞよろしくお願い致します。

天野 美香子  黒帯への道


  2005.2.21  日本空手協会下北沢支部入会   16歳

仮7級 2005.8.27 31回   6ヵ月  
仮6級 2005.12.17 21回   10カ月  
2006.5.13 14回   1年3月  

  2012.3.1 再入会

6級 2012.8.25 24回   1年8ヶ月  
仮5級 2012.12.17 17回   2年  
5級 2013.8.31 33回   2年8ヶ月  
仮4級 2013.12.16 18.5回   3年  
4級 2014.4.28 22回   3年4ヶ月  
3級 2014.8.30 22.5回   3年8ヶ月  
2級 2014.12.15 20.5回   4年  
1級 2015.4.25 26回   4年4ヶ月  
2015.7.19 20回 計269.5回 4年7ヶ月 (不合格)
初段 2015.12.6 32回 計301.5回 4年11カ月 (合格)


峯村賢志物語 …… 峯村 賢志 (13歳 中学2年生)


僕が初めて空手やったのは久我山会館というところで親に薦められはじめました。
その頃はまだ3歳で何も考えずに空手をやっていました。
そしてお父さんがメキシコへと転勤になり向こうでも空手をやることになりました。
そして緑帯までなることができました。
そして日本に帰ってきました。
ぼくは黒帯をとるまでやめないと決めていたので下北沢支部で空手を続けることになりました。
向こうでは人数も多くあまり直されなかったため基礎ができていませんでした。
そのためここにきて白帯に直されました。
その時僕はがっかりしましたが今ではとてもためになったと思っています。
僕はそのため紫帯になるまで真剣に空手をやっていませんでした。
しかし紫帯になったときこのままではいけないと思い真剣にやるようになりました。
そして一級になりました。
そこから道場のみなさんや父に色々教えてもらい昇段審査に合格しやっと黒帯になることができました。
ここまで来られたのは道場の皆さんと家族のおかげです。
これからもがんばっていきたいと思います。
ありがとうございました。

峯村 賢志  黒帯への道

2005.5月 琉球少林流空手道 久我山支部入会(稽古は週1回)
2005.10月末まで同派の道場で稽古(その後メキシコへ赴任)
2007.2月 松濤館メキシコ支部に入会(週1~2回稽古)
2007.10.7 8級進級試験合格
2008.4.20 7級進級試験合格
2009.5.15 6級進級試験合格
2009.9月末に日本に帰国

  2009.11.21  日本空手協会下北沢支部入会   8歳

8級 2010.4.24 33.5回   3年3ヶ月  
仮7級 2010.8.30 28.5回   3年7ヶ月  
7級 2011.4.23 47.5回   4年3ヶ月  
仮6級 2011.12.17 50回   4年11ヶ月  
6級 2012.4.21 25回   5年3ヶ月  
仮5級 2012.8.25 29回   5年7ヶ月  
5級 2012.12.15 28回   5年11ヶ月  
仮4級 2013.4.27 31回   6年3ヶ月  
4級 2013.8.31 23.5回   6年7ヶ月  
3級 2013.12.14 25回   6年11ヶ月  
仮2級 2014.4.26 34回   7年3ヶ月  
仮1級 2014.8.30 47回   7年7ヶ月  
1級 2014.12.13 >34回   7年11ヶ月  
初段 2015.3.29 18回 計470回 8年2か月


初段合格エッセイ …… 染矢将和 (50歳 大学准教授)


昇段試験を終了し初段を拝受した。他流派の癖がなかなか抜けず、他の道場であればとうの昔に破門されていたであろう自分を長い間道場に置いて頂だき、 辛抱強くご指導いただいた阿部先生に感謝いたします。阿部道場の自由な空気と寛容さがなければ、自分はここまで来られなかったと思います。 また、長い間、取り面倒を見ていただいた諸先輩方及び昇段試験に来ていただいた先輩方に感謝致します。有難うございました。

空手を始めたのは、20年近く前に30歳を過ぎて入った大学院の雰囲気に、生まれが粗野な自分は違和感を覚えたことがきっかけでした。最初は体が硬く、 回し蹴りがせいぜい中段までしか届きませんでした。そこで、柔軟をするようになりました。松濤館は、その後移ったアメリカのワシントンD.Cの職場の Karate Clubで始めました。教える先生も職員であったため、長期出張等で練習が不定期であったことから社外に練習の場を求めるようになりました。 テッコンドウ・フルコンと引っ越しの度に道場は変わったが、緊張を強いる職場環境の中で、頭の中を空にできる組手の時間は、貴重でした。 相手と対峙した際の全身に漲る緊張感が心地よく、蹴りや突き、捌きの動きの中で、それまで経年の中で身に着けてきた常識という衣が一枚一枚剥がれ 落ちていくような自由を感じ、練習が楽しみなりました。

阿部道場はその後日本に帰ってきて先に通っていた女房に紹介され、体験練習で、立ち稽古や移動稽古の基本を大切にするいい道場だと思い入門を決めました。 最初の頃は、これまで練習してきた様々な流派の癖が抜けず、阿部先生をはじめ諸先輩方にはご苦労をお掛けしたし、さぞ御不快にさせたのではないかと 思います。お詫び申し上げます。松濤館の流儀に合わせなければいけないとは分かっているものの、癖の一つ一つはペルー人の先生やイラン人の先生、 ガーナ人の先生といった過去の先生方との練習で身に着いたものであり、それらの癖に愛着さえ感じていたため、スイッチを切り替えるようにはいき ませんでしたし、機械的に切り替えたくもありませんでした。ただ、意識的に変えなくても、練習していればいつの日か自ずと松濤館スタイルになって いるだろうと信じて続けました。それから7年、仕事優先と決め、忙しい時は、時間があっても空手には行かないようにしてきたこともあり、暫く道場から 足が遠ざかった期間もありましたが、女房の美恵子になだめられ、すかされながら道場に連れてきてもらったおかげで、今まで何とか続けて来られました。 美恵子には感謝しています。はじめは、組手が楽しみで始めた空手でしたが、今では、週に1,2回、女房と一緒に空手に来て、仲間と汗を流すことが無上の 喜びとなりました。上段蹴りの歪度が毎年2センチほど小さくなってきているものの、これからも、これまでと同じように精進していきたいと思います。

染矢将和  黒帯への道

1996年10月 US大山空手名古屋支部入会
緑帯まで進むが大学院に集中するため休会
1998年6月~2007年3月 勤務先(米国)の松濤館空手のKarate Club入会
3級まで進んだが日本帰国で退会
1998年秋~1999年秋 近くのテッコンドウ道場に通う。
中級まで進むが道場の破産により停止
2000年夏~2003年夏 極真会館スタイルの先生の道場に入会
遠くにあったこともあり、あまり通えず(緑帯まで取得)、引っ越しのため退会
2005年秋~2006年春 円心空手の道場に通う。松濤館道場への一本化のため退会。
2005年秋~2007年3月 松濤館の道場に通う。緑帯まで進むものの日本帰国で退会。

  2007.8.4  日本空手協会下北沢支部入会   44歳

6級 2007.8.25 3回   1ヶ月  
仮5級 2009.12.19 29回   2年4ヶ月  
5級 2010.4.24 21回   2年9ヶ月  
仮4級 2011.4.23 29回   3年9ヶ月  
4級 2011.8.27 20.5回   4年1ヶ月  
仮3級 2011.12.17 20回   4年5ヶ月  
3級 2012.12.15 56回   5年5ヶ月  
仮2級 2013.8.31 38.5回   6年1ヶ月  
仮1級 2013.12.14 19.5回   6年5ヶ月  
1級 2014.4.26 22回   6年9ヶ月  
初段 2014.7.20 18回 計276.5回 7年(+10年10ヵ月他団体)


黒帯への道 …… 峯村直志 (45歳 会社員)


 「お父さんも一緒にどうですか」。運動といえば野球やテニスなど球技が中心で、空手はおろか武道とは縁遠かった私ですが、 子供に武道をやらせたいと考え、近所の公民館でやっていた空手教室の門を叩いたのが空手との出会いでした。今から9年前の話です。 子供だけやらせるつもりで訪れた教室で、師範の方からかけられたのが冒頭の言葉です。その教室には週に1回の割合で2-3ヶ月通いましたが、 ちょうど転勤が決まり、その後メキシコに赴任したのでした。
 メキシコでも空手は人気があり、街で空手道場の看板を見かけることも少なくありません。メキシコで通い始めたスポーツクラブ内の一角に 空手道場があることを知り、せっかく始めた空手を続けてみようと考え、子供とともに道場を訪ねました。そこは松涛館という流派の空手道場で、 場内の正面には日本の国旗とともに、空手道の創始者と言われる船越義珍先生の写真が飾られ、その横にはスペイン語に訳された「道場訓」が 掲げられていました。その後分かるのですが、日本空手協会の道場訓と内容は同じものです。
 メキシコでも型の名前は勿論、技の名称もすべて日本語が使われます。「ソトウケ」とか「キバダチ」とか「シュトーウケ」とか、怪しい発音ながら、 日本人でも空手をやっている人でないと知らないような単語を皆覚えて稽古をしています。「キザミヅキ」とはどういう意味だとか、「エンピ」とは どういう意味かなど聞かれ、答えに窮したこともありました。 一方、長年やっている人は空手の歴史についても案外勉強していて、中国から武術が沖縄に伝わって首里手になり空手が誕生したことや、薩摩に武器の 所持を禁止された琉球の人たちが武器なしでも戦えるように空手を編み出したとか(これには諸説ありますが)、また、松涛館の松涛は、歌人でもあった 船越義珍先生の雅号が松涛であったことから来ているとか、空手にまつわる話をメキシコ人から教えられ、不思議な気分を味わいました。 空手が世界に広まり、その伝統が継承され人々から愛されていることに、空手を伝えてきた先人達の偉大さを見た思いでした。同時に、日本人としての 誇りを感じることができました。メキシコでは3年近く稽古を続け、茶帯まで進級したのでした。
 そして日本に帰国。空手を続けることは、私の最優先事項でした。ネットで検索した結果、日本空手協会下北沢支部の存在を知り、その門を叩いたのでした。 道場の皆さんは礼儀正しく親切で、雰囲気もよく、また、通勤経路上にあって仕事をしながらでも通えそうだと思い入会しました。正直、黒帯は間近だと 思っていました。しかし、ここから、黒帯への長く険しい旅路が始まったのでした。
 体が硬い上に、変な癖がついていた私は、勢いにまかせるだけで技を正確に出すことができておらず、基本が全くできていないことを思い知らされました。 阿部先生、基本を一から徹底的に正していただきました。無駄のない合理的な動きから繰り出される技は美しく、かつ力強いものであることを学びました。
 昇級審査も決して易しいものではありませんでした。審査で一段階上がることができず、半階級ずつあがるのがやっとでした。後から入会した人にも 追い越され、正直、あきらめかけた時もありました。そうした中、道場の先輩や仲間からアドバイスをいただいたほか、「あわてず自分のペースでゆっくり やれば良い」という言葉もかけてもらい、稽古を続けることができました。「黒帯を取得したい」との思いは、以前にも増して日に日に強くなっていきました。
 体力の衰えとの戦いでもありました。やりすぎると体のキレが悪くなりますし、やらないと体が硬くなって足が上がらなくなる。それでも、続けていれば 徐々に改善されていくものです。今でも下手ですが、まともにできなかった蹴込みも、今ではそれなりにできる様になったと思います。
組み手についても、道場の先輩方から正しい組み手を教えていただきました。メキシコでは、血走った目で容赦なく当ててくる輩も多かったので、 自ずと「いかに当たらないようにするか」という組み手が身についてしまい、自分から攻めることができませんでした。下北沢道場の先輩方は、正しく きれいな組み手を丁寧に教えてくれます。
 こうして4年と少し、下北沢道場で稽古をさせていただき、黒帯を取得することができました。自分が黒帯を巻ける日がくるとは、空手を始めた当初は 思ってもみませんでしたが、継続して物事に取り組めば、いつか必ず達成できるのだと改めて実感しました。現在茶帯の息子にも、是非黒帯を取得してほしい と願っています。
 黒帯をつけると、その重厚さからか身が引き締まります。少し上手くなったような気もしますし、その分責任も感じます。有段者の名に恥じぬよう、 これからも鍛錬を重ねて精進し、生涯、空手を続けていきたいと思います。

峯村 直志  黒帯への道

2005.5月 琉球少林流空手道 久我山支部入会(稽古は週1回)
2005.9.24 7級進級試験合格
2005.10月末まで同派の道場で稽古(その後メキシコへ赴任)
2007.2月 松濤館メキシコ支部に入会(週2回稽古)
2007.5.26 6級進級試験合格
2007.10.7 5級進級試験合格 (2008年より週2~3回稽古)
2008.4.20 4級進級試験合格
2008.12.12 3級進級試験合格
2009.8.7 2級進級試験合格
2009.9月半ばまで稽古継続  2年7ヶ月  約3年
2009.9月末に日本に帰国

  2009.11.21  日本空手協会下北沢支部入会   41歳

6級 2010.4.24 27.5回   3年3ヶ月  
仮5級 2010.8.30 32回   3年7ヶ月  
5級 2011.4.23 44回   4年3ヶ月  
仮4級 2011.8.27 43回   4年7ヶ月  
4級 2011.12.17 22.5回   4年11ヶ月  
仮3級 2012.4.21 30回   5年3ヶ月  
3級 2012.8.25 36.5回   5年7ヶ月  
仮2級 2012.12.15 31.5回   5年11ヶ月  
2級 2013.4.27 23.5回   6年3ヶ月  
仮1級 2013.8.31 21回   6年7ヶ月  
1級 2013.12.14 19.5回   6年11ヶ月  
初段 2014.4.6 16.5回 計347.5回 7年2ヶ月


初段を取得して …… 吉武 泰則 (18歳 大学2年生)


 私は高校一年生の終わりに下北沢支部に入会しました。以前にもJKAの他の支部に入会していたのですが、受験や部活など辞めては再開を繰り返し、 だいぶ間が空いてしまいました。しかし、入会した私を下北沢支部の方々は温かく迎えてくれました。私が以前の支部を辞めた直前は準一級だったのですが、 再開したての私は初心者同然でした。しかし阿部先生や道場の先輩方はそんな私に優しくご指導下さり、この度やっと初段を取得いたしました。
私はだいぶ昔から空手をやっておりましたが、流派の変更や引っ越し、部活を続けることによって始めてから14年も経ってしまいました。が、 やっと段を取得できたのは下北沢支部のみなさん、そして阿部先生のおかげだと考えています。今では大会などにも出させて頂き、他では得難い経験を させて頂いております。
今後は大学在学中に二段を取得したいと思いますが、今の私の実力では到底適いません。今後とも努力を続けていきたいと思います。

吉武 泰則  黒帯への道

  2004.9.4入会 41歳

8級 2004.12.18 13.5回   4ヶ月  
7級 2005.8.27 32.5回   1年  
6級 2005.12.17 21.5回   1年4ヶ月  
仮5級 2006.8.26 30回   1年8ヶ月  
5級 2006.12.16 26回   2年4ヶ月  
仮4級 2007.4.28 22回   2年8ヶ月  
4級 2008.8.30 23.5回 (2.10.11月休) 4年  
  2009.(5月1回7月1回11月2回)
  2010.(7月1回8月1回9月3回10月3回11月1回12月1回)
仮3級 2011.4/23 29回   6年8ヶ月  
3級 2011.8/27 22回   7年  
仮2級 2012.4/21 32回   7年8ヶ月  
2級 2012.8/25 28回   8年  
仮1級 2012.12/15 33回   8年4ヶ月  
1級 2013.4/27 33回   8年8ヶ月  
初段 2013.7/28 29回 計375回 7年4ヶ (8年11ヶ月)


初段を取得して …… 井澤正彦 (50歳 会社員)


 阿部先生の道場に入門して、およそ9年。やっと、黒帯を手にすることが出来ました。これも、長いあいだ根気強く指導を続けてくださった阿部先生、 またいろいろとアドバイスをくださった道場の皆様方のおかげです。本当にありがとうございました。
私が空手を始めたのは40歳を過ぎてからです。若いころから現在まで、山登り一筋だった私は、武道とはまったく縁のない生活を送ってきました。 しかし少年のころ読んだ漫画の影響で、空手というものに、かすかな憧れの念を抱いていました。このため以前住んでいた秋田県で、当時小学生だった息子を 空手道場に入れました。そこで空手を見ているうちに、「俺にもできるかもしれない」「本当は自分がやりたかったんじゃないか」と強く思うようになったのです。 そして東京に転勤した際に、息子とともに、阿部道場の門を叩きました。9年前のことです。
しかし、はじめから順調には行きませんでした。私の仕事は拘束時間が長く、しかも不規則なため、週3回の練習に行く時間がなかなかとれませんでした。 週に一度練習に行ければいい方で、1か月間まったく行けないこともありました。やっと参加できた練習中に、仕事で呼び戻されたこともありました。
練習では、体の柔軟性のなさと、バランスの悪さに悩まされました。昔、岩登りの練習をしていて墜落し両足を骨折したときの後遺症で、私の右の足首は 左足に比べて曲がりません。空手では右足一本に体重を乗せて回転したり、踵をつけたまま腰の高さを変えないで動いたりするので、非常にバランスを取りづらく 苦労しました。
ただでさえ練習量が少ないのに、これでは一体いつになったら黒帯が取れるのだろう?後から入門してきた人たちの帯の色がどんどん変わり、 次々と追い越されていきました。はじめは悔しい気持ちもありましたが、当時よく指導してくださった内山さんに、「焦らなくていいよ」と何度も 声をかけて頂きました。また定年後に黒帯を取得された楢木野さんの姿を見ていると、ここで諦めるわけにはいかないという気持ちになりました。 そこで、『人の2倍でも3倍でも時間をかけて黒帯をとればいい。かえってその方が空手を長く続けられる』と前向きに考えるようにしました。 入門して3年ほどたち、地方に3年間の単身赴任をしなければならなくなった時も、阿部先生に「たまに帰ってきたときに練習に来ればいいよ」と おっしゃって頂きました。私も『細く長く空手を続けよう』と、腹に決めたのでした。
しかし、人生何がどう転ぶか分らないものです。単身赴任を終えてまた東京に戻り、2年たったころ、会社で違う部署への異動を命ぜられました。 その部署は基本的には午後6時に終わる職場です。社内的には左遷か???しかし私には喜びの方が大きかったのです。これで空手に行ける!と。
それからは、極力練習に参加しました。週3回たっぷりと汗を流すと体の調子も良くなるものです。常に体に潤滑油をさしているような状態で、 ハードな山登りをしても、まったく筋肉痛になりませんでした。
基本練習の大切さを痛感したのもこのころです。空手の練習の半分以上は、突きや蹴りの地道な基本練習の繰り返しです。しかし単純に見える動作の中にも、 細かな決めごとが沢山あり、これが無意識に出来るようにならないと、型も組手も上手くいきません。練習に力を入れるなかで、自分が今までいかに漫然と 基本練習をしてきたかを痛感し、また黒帯が遠のいた感じがしました。
こうした状況で受けた昇段審査。自信は全くありませんでした。しかし9年間の集大成と考え、1か月前から飲み会をすべて断って臨みました。 そして道場の先輩方の応援も得て、運よく合格することが出来ました。黒帯を取ったらさぞかし感激するだろう、以前はそう想像していました。 しかし今はむしろ、この黒帯に恥じぬよう、今後とも技を身につけるべく努力しなければと強く感じています。
黒帯を取った日。自宅に帰ると、もうとっくの昔に黒帯を取得してしまった息子から、「良かったな」と言われました。その声を聞いて、 初めて少し嬉しさがこみ上げてきました。そして今や私よりずっと背が高くなってしまった息子の姿に、「長かったな」とも感じました。 さらに今は、小学5年生の娘も阿部道場に通っています。私の道場通いは、まだ当分続きそうです。
(平成25年7月記)

井澤 正彦  黒帯への道

  2004.9.4  日本空手協会下北沢支部入会   41歳

8級 2004.12.18 13.5回   4ヶ月  
7級 2005.8.27 32.5回   1年  
6級 2005.12.17 21.5回   1年4ヶ月  
仮5級 2006.8.26 30回   1年8ヶ月  
5級 2006.12.16 26回   2年4ヶ月  
仮4級 2007.4.28 22回   2年8ヶ月  
4級 2008.8.30 23.5回 2.10.11月休) 4年  
  2009.(5月1回7月1回11月2回)
  2010.(7月1回8月1回9月3回10月3回11月1回12月1回)
仮3級 2011.4/23 29回   6年8ヶ月  
3級 2011.8/27 22回   7年  
仮2級 2012.4/21 32回   7年8ヶ月  
2級 2012.8/25 28回   8年  
仮1級 2012.12/15 33回   8年4ヶ月  
1級 2013.4/27 33回   8年8ヶ月  
初段 2013.7/28 29回 計375回 7年4ヶ月 (8年11ヶ月)


親子で乗り越えた道のり …… 小貫 岩夫 (46歳 声楽家)


6年の歳月を経て ようやく黒帯を頂くことができ 感無量です。しかも親子で同時に取得できるとは……。全くの偶然で狙ったわけではありません!(笑)

下北沢道場の門を叩いたのは 息子が幼稚園の年長の春。実はその前に他の流派も体験し お金も払って入門を決めかけていたところでした。 ところがその流派と下北沢 両方を見学していた家内が「待ったをかけたのです。「下北沢の方が基本から丁寧にしっかり教えてくれている」と。
下北沢に入門して その判断が正しかったと実感しました(もちろんもう一方のお金は返してもらいました)。
最初は息子のみの入門でしたが 付き添いで見学している私を「お父さんも一緒にやりませんか?親子の会話も豊かになりますよ」と誘っていただきました。 恐らく息子を習わせる段階で 私もかなり興味津々だったのだと思います。待ってました!という感じで飛びつきました。
始めてみるととても面白く もちろん最初は筋肉痛で大変でしたが それでも楽しく熱中しました。単純な性格なもので おだてられると気持ちよく木に登ります。 DVD付きの本を買ってきて 親子で観ながら型の研究をしたり 動画をipodに入れて電車の中でも観たりしていました。年3回の審査で帯の色が変わるのが嬉しく  せっせと稽古に通いました。
それが 紫帯になる辺りから段々と審査も厳しくなり 半分ずつしか上がらなくなりました。それに加え 仕事も忙しくなってきてなかなか稽古に通えなくなり  少しずつ最初の情熱が薄らいで来ていました。ふくらはぎの肉離れも経験し 長期間稽古に通えなかったり…と試練が続きました。 気がついてみると1年に一級上がることもできず どんどん後から入門した人に抜かされて行き 気持ちも萎えかけていました。
そんな中でも続けられたのは 息子の存在があったからです。息子は私と違って(笑)不器用で なかなか上達しませんでした。審査でも2回も落とされ  それこそ気持ちが萎えかけた時もあったようです。それでも稽古に通うことだけは誰にも負けませんでした。そんな息子の姿に励まされ 負けてなるものかと 気持ちを奮い立たせ ついに黒帯を取得するまでに至ったのです。

これまでに助けて頂いた 阿部先生を始め 道場の先輩方 仲間たち また見守ってくれた家内や娘 全ての人に感謝の気持ちを伝えたいです。
そして一緒に頑張って来た息子に…心を込めて…「ありがとう」

これから親子二人 更に精進するつもりです。どうぞよろしくお願いします。

小貫 岩夫 黒帯への道

  22007.6.2  日本空手協会下北沢支部入会   40歳

8級 2007.12/13 37回   6ヶ月  
7級 2008.4/26 30回   11ヶ月  
6級 2008.9/1 21回 (6月休) 1年3ヶ月  
5級 2008.12/13 21回   1年7ヶ月  
4級 2009.4/25 24回   1年11ヶ月  
仮3級 2009.8/29 27回   2年3ヶ月  
3級 2010.4/26 27回   2年11ヶ月  
仮2級 2010.12/18 25回 (8.9月休) 3年7ヶ月  
2級 2011.8/27 22回 (7.12月休) 4年3ヶ月  
仮1級 2012.4/21 20回 (2.8.9.11月休) 4年11ヶ月  
1級 2013.4/27 20回 (1.2月休) 5年11ヶ月  
初段 2013.7/28 20回 計294回 5年3ヶ月(6年2ヶ月)


初段を取得して …… 宮代 聡 (27歳 会社員)


 空手を始めて3年、黒帯をいただくことができました。
 空手を始める前は、いずれは黒帯をいただける実力になりたいと思いつつも、昇級や黒帯取得に対する目的意識は漠然としたものでした。 しかし、空手では順番通りにそれらしく動きをこなせるというのが初歩の初歩の段階に過ぎず、むしろ素人目には分からないような僅かな動きの違いにこそ 技量の差が出ることを知るにつれ、自身の実力を先生から客観的に評価していただくことの大切さがわかるようになり、その評価が昇級という形で表れるのが、 とても嬉しく、励みになるようになりました。だからこそ、初段の審査の受験を許していただいたこと、結果として黒帯をいただけたことを、 本当に嬉しく思っています。これまで、いつまで経っても動きの癖が治らない私を根気強く丁寧に指導してくださった阿部先生、苦労して見つけ出した 自分なりのコツを惜しげもなくご教示くださった道場の先輩方には、どんなに感謝しても足りない気持ちです。
 同時に、初段をいただいた今だからこそ分かる課題も多く、むしろこれから、という気持ちが強いのも事実です。それでも、黒帯にしていただいたことには 大切な意味があると感じていますので、これを励みに、さらに上を目指して頑張っていきたいと思います。今後とも、ご指導の程よろしくお願いいたします。

 私は大学を卒業して大学院に入ってから空手を始めました。以前から興味はあったものの、やはり実際に始めるとなると敷居の高さを感じていました。 実際、一念発起して道場を探し、初めて他の道場の見学に行った時は、道場の雰囲気を見てますます敷居の高さを感じてしまい、結局入門には至りませんでした。 それから2年、運動をしないでいるうちに体力が落ちてくるのを感じた私は、もう一度道場を探し始め、見つけたのが日本空手協会下北沢支部でした。 稽古を見学させていただき、以前見学した道場と全く違う雰囲気と、時間的な通いやすさを見て、今度はすんなりと入門を決心しました。
 当時、博士後期課程に進学したばかりだった私は、研究と空手を両立できるか不安に思う気持ちもありましたが、そういった中でも無理なく続けていける雰囲気が、 下北沢支部にはありました。事前連絡無しで欠席や遅刻を許していただけるおかげで、行ける時は行く、行けない時は素直に諦める、という判断が柔軟にできることが 何より助かりました。遅刻はもちろん良いことではありませんが、私の場合は稽古の半分程度でも参加できそうであれば、遅刻しても稽古に行くようにしていました。 昇級審査は4か月おきにあり、その時までに一定の回数以上稽古に来ていれば、余程のことが無い限り受験資格をいただけます。そこで審査を受け、レベルが 次の級に達していれば昇級するといった形で、大人の稽古事として少しずつ段階を踏みながら続けていける環境でした。
 こういう道場だからこそ、3年間通い続けられたと思っています。最初に見学に行ったのが下北沢支部であれば、と悔やまれる気持ちはありますが、 最終的に下北沢支部で空手を始めることができたのは本当に幸運でした。

 下北沢支部の稽古では、私の知る限り自由組手のための練習をすることはあっても、自由組手自体をすることはありません。老若男女を問わず、誰でも分け隔てなく 続けられる稽古事としてはこの形が良いのですが、それだけでは物足りないという人は稽古後に思い思いに組手の練習をしています。もちろん、組手を一人で 練習するにも限界があるので、どなたかに相手をお願いするわけですが、皆さん気さくな方ばかりで、とてもお願いしやすい雰囲気です。
 空手に興味を持つ男性の方は概ねそうだと思いますが、私自身も自由組手には最初からかなり興味を持っていましたので、比較的早いうちから黒帯の方に組手の相手を お願いしていました。最初の頃は、私があまりにも滅茶苦茶な動きをするので、もう少し練習してからの方が良いかなと言われてしまう事もありましたが、 基本をもう一度練習し直し、少し綺麗に動けるようになったらまた組手をお願いして、と繰り返しているうちに、徐々に上達していく感覚がとても新鮮でした。
 下北沢支部には万遍なく様々な年齢層の方が通われていますが、特に社会人の方が多いこともあり、怪我には特に注意して練習をしています。勢いに任せて 突っ込んできたり、変な圧力をかけたりするような人は下北沢支部の黒帯の方にはまず居ません。本当に安全に配慮し、綺麗にさばいて、綺麗に攻撃を出して いただけるため、技を決められた時もちょっと気持ちが良い位です。そして、今度は自分が、そのレベルの組手ができなければいけない立場になると思うと、 身が引き締まる思いです。

 私自身、道場を探している際、この初段取得のページの皆さんのコメントを見て、この人達が通っている道場ってどんなだろう、とても通いやすそう、 と感じたのが下北沢支部を訪ねたきっかけでした。そして、その時感じた印象は、3年経った今も変わらないままです。入門以来、黒帯をいただいてコメントを 載せる側になったら、自分が疑問に思っていた些細でも大切なことをしっかり書いて、以前の自分と同じように入門を躊躇している人の背中を押してあげられるような 文章にしようと決めていました。拙い文章ではありますが、空手を始めようか迷っている皆さんが実際に道場を訪ねるほんの少しのきっかけになりましたら幸いです。

宮代 聡  黒帯への道

  2010.8.2  日本空手協会下北沢支部入会   24歳

8,7級 2010.12/18 29.5回   5ヶ月  
6級 2011.4/23 29.5回   9ヶ月  
5級 2011.8/27 39.5回   1年1ヶ月  
4級 2011.12/17 25回   1年5ヶ月  
仮3級 2012.4/21 23回   1年9ヶ月  
3級 2012.8/25 22回   2年1ヶ月  
2級 2012.12/15 26回   2年5ヶ月  
1級 2013.4/27 22.5回   2年9ヶ月  
初段 2013.7/28 29回 計246回 3年  


初段に合格して! …… 長谷部 香菜 (18歳 大学1年)


私は小学2年生から他流派で空手を始めました。その後、引っ越しの関係で今の流派の他道場に入りました。下北沢支部には、中学1年の時に仮3級で入りましたが、 下北沢支部に来てすぐは一歩動く度に阿部先生に形を直され、ものすごく恥ずかしく感じたのを覚えています。大会に出ても同年代は黒帯が多く、 ますます自信がなくなっていきました。道場も家から距離があり、学校の部活動も忙しくなり、次第に道場にあまり通わなくなりました。その間に高校受験と大学受験を 2回経験しました。しかし、大学受験が終わり、久しぶりに道場に行った際に流した汗がとても気持ちよく感じられ、空手が好きだという思いを再確認しました。
そして、久しぶりに行った私を温かく迎えてくれる皆さんと楽しく稽古が出来ました。
また、道場に来る度に黒帯の人が増え、私自身徐々に焦りを感じ始めるようになりました。そのため、昇段審査に向けて今まで以上に稽古に通うようになりました。
悲願の黒帯が取れ、嬉しさ以上に安堵感でいっぱいです。初段を取得しても空手は私の趣味なので、今後も続けていきたいと思います。 阿部先生にはたいへんお世話になり、皆さんにも小学校を卒業してすぐからの成長期を見守って頂きました。本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

長谷部 香菜  黒帯への道

2002.6月 他流派入会 7歳 小2 2004.3/4 コナミ空手教室入会 9歳小4
2007.5.12 下北沢支部移籍 12歳 中1

仮8級 2004.3/4       小4
7級 2004.10/21        
6級 2005.9/29       小5
5級 2006.5/25        
仮3級 2006.11/16       小6
3級 2007.12/15 22.5回     中1
2級 2008.8/30 30.5回   (12月休) 中2
1級 2009.4/25 18.5回   ('09.6,7月、
9月~'10.2月休)
  2009. 5.5回   (6ヶ月休) 中3
  2010. 13回   (7ヶ月休) 高1
  2011. 10回   (4ヶ月休) 高2
  2012. 3回     高3
  2013. 24回   (1月2月休)
初段 2013.7/28 27回 計130回 8年9ヶ月 (11年2ヶ月)


空手道、私の7年間 …… 浜田 心平 (16歳 高2)


 2013年7月28日、私の初段への昇段審査があり、とうとう黒帯を手にすることができました。
 この7年間、コツコツとたくさんの練習を重ね、空手をやめないで頑張った甲斐がありました。
 2006年、巣鴨の三菱養和会の小学生空手道塾に入会した時は小学校4年生でした。私は聴覚障害があるため、周りの人とのコミュニケーションが難しかった面も ありましたが、たくさんの友人ができ楽しかったです。
 中学生になるとき、転居のため下北沢支部に移ることになり、とても緊張しました。 下北沢支部に入ってから、師範の阿部先生に改めて一から丁寧に確認をしていただきました。厳しいと感じることもありましたが、黒帯を目指して頑張ろうという気持ちが さらに強くなりました。下北沢支部では、年下の小学生から大人まで通っていて、練習や帰り道が一緒だったりしたので、とてもよい刺激になりました。 高校生になってからは、大人中心のクラスの練習に参加しています。立派な大人の人に囲まれて、感謝の気持ちいっぱいの良い練習をさせていただいています。 小さな頃は喘息などのアレルギーで病弱でしたが、今は体力もつきました。
 下北沢支部に入ってからは、大会にも参加するようになりました。 様々な賞を取ることができ、ますます空手が好きになりました。全国大会にまで出場し、先生や先輩方に大変お世話になりました。とても感謝しています。 ありがとうございました。
 阿部先生、先輩方、これからもどうぞよろしくお願いいたします。空手、ずっと続けたいです。

浜田 心平  黒帯への道

  2006.11.28 三菱養和 入会10歳 2009.4.27 下北沢支部移籍12歳(中1)

仮9級 2006.12/10     13日  
9級 2007.6/3     6ヶ月  
8級 2008.2/24     1年3ヶ月  
7級 2008.6/29     1年7ヶ月  
仮6級 2009.2/22     2年3ヶ月  
6級 2009.12/19 43.5回   3年1ヶ月 中1
5級 2010.8/28 69回   3年9ヶ月
(11,12月休)
中2
4級 2011.4/23 50回   4年5ヶ月
(8月休)
中3
3級 2011.12/17 69回   5年1ヶ月  
仮2級 2012.4/21 39回   5年5ヶ月 高1
2級 2012.8/25 43.5回   5年9ヶ月  
仮1級 2012.12/15 35回   6年1ヶ月  
1級 2013.4/27 38.5回   6年5ヶ月 高2
初段 2013.7/28 25.5回 計413回 6年5ヶ月


初段取得 …… 藤川 純平 (39歳 会社員)


2013年4月14日(日)が私にとって忘れられない記念日となりました。
日本空手協会の初段を取得した日です。
結婚記念日10周年をすっかり忘れてしまうような私でも、この日だけは決して忘れないことでしょう。

2008年9月。下北沢支部に、小学一年生の娘と一緒に入会しました。
当時は内勤9時~18時勤務、土日休みでしたので、プライベートを有効に使いたいこと、また娘と共通の趣味を持ちたいとの思いからでした。

数ある道場の中から日本空手協会下北沢支部を選んだ理由は、
・ 阿部先生の経歴を拝見しとても惹かれたこと
・ 自宅から近いこと
・ 稽古時間が自分のプライベートの時間とあうこと
・ 幅広い年齢層の方が活躍されていること
などです。

実際に通ってみると、阿部先生だけではなく、先輩方皆優しい方で稽古しやすい環境でした。
が・・・
稽古内容はハードでした。
まず、頭と体を同時に使わなければいけません。
また体力面ですが、最初の頃は稽古が終わった後はヘロヘロでした。
社会人になってからジム通いやフットサルなどをしていたので、大丈夫だろうと高をくくっていたところもあったのですが、あまかったです。
そんな感じでしたが、少しずつ馴染んでいきました。

そして一年が経った頃、大きな試練が訪れました。
内勤から営業へ異動になり、通勤に片道2時間以上かかったり、9時~22時勤務となったりと、稽古に通う時間を作るのが難しくなりました。 これまでの「余暇を空手の稽古に当てる」生活が、「空手の稽古に合わせて、休日を作る」生活へと一変し、空手が生活の一部になっていきました。

体力的にはきつかったですが、この四年半インフルエンザなどはもちろん一度も風邪をひかない屈強な体になりました。
柔軟運動のやりすぎで昇級試験前に腰骨が外れそうになったり、関節を痛めたりなどはありましたが。

稽古は四ヶ月に一回ある昇級試験を目指してがんばってきました。
なかなか思うように上達せず自信を失くしたことも何度もありましたが、先生や先輩方が見放さず教えてくださったお陰で、一歩ずつ上達し、 いよいよ昇段審査を受けることとなりました。

幸い昇段審査の4ヶ月前に、勤務地が近くなったこともあり、今まで以上に稽古に励むことができました。4ヶ月で31回。自分の中での最高回数です。

いよいよ審査当日。会場には、先輩方が応援に来てくださいました。
また審査員席に阿部先生の姿が見えたので、落ち着いて審査に臨むことができました。

結果合格することができ、翌日の稽古で黒帯をいただきました。
阿部先生からいただいた黒帯は、この作文を書いている今日まで
・ 一日一度は寝巻きの上から締める
・ 寝るときは枕元に置いて寝る
・ 日中は台の上に飾って
といった状態になっております。

今までさまざまな資格を取得してまいりましたが、これほど感激したことはありませんでした。

今は、娘に代わり、息子と通っています。
親子で黒帯、また自身は二段取得を目標に、今後も下北沢支部に通い続けます。

この場をお借りして、
阿部先生と先輩方に感謝を込めて、押忍!
文句ひとついわずサポートしてくれた家族に、押忍!

藤川 純平  黒帯への道

  2008.9.1  日本空手協会下北沢支部入会

8級 2008.12.13 25回   4ヶ月  
7級 2009.4.25 24回   8ヶ月  
6級 2009.8.29 24回   1年  
仮5級 2009.12.19 24回   1年4ヶ月  
5級 2010.4.24 21回   1年8ヶ月  
仮4級 2010.8.28 22回   2年  
4級 2010.12.18 21.5回   2年4ヶ月  
仮3級 2011.4.23 22回   2年8/ヶ月  
3級 2011.8.27 26回   3年  
仮2級 2011.12.17 22回   3年4ヶ月  
2級 2012.4.21 23.5回   3年8ヶ月  
仮1級 2012.8.25 26回   4年  
1級 2012.12.15 24回   4年4ヵ月  
初段 2013.4.14 31回 計336回 4年8ヶ月


初段取得 …… 細野 喜久 (29歳 自営業)


 ついに念願の黒帯を取得することができました!
 空手との出会いは、留学中のハワイでのことでした。日本の文化を伝えるためにあるJapanese cultural center の道場で、アメリカ人の道場生達が 「イーチ・ニー・サーン・・・」の号令に合わせ、空手の形を練習している姿を見た瞬間、「日本人である自分が知らない日本の武道を彼らは知っている!」 と衝撃を受け、すぐに入門いたしました。その道場では約1年間練習し、緑帯を取得しました。帰国後も空手を続けたいと思い、同じ松濤館流の空手道場を インターネットで検索し、日本空手協会下北沢道場に入門しました。
 最初は、前の道場で学んだ動きの癖が出てしまい、直すのが大変でしたが、阿部先生のご指導により徐々に周りの動きに追い付いていけるようになりました。 仕事や会合等の都合により、稽古に参加する日が限られ、昇級審査までに必要な練習日数もいつもギリギリで、足りなかった為に受験出来なかったときもありました。 昇級審査では、いつも半級ずつの昇級で、黒帯までの道のりが遠く感じて諦めそうになった時もありました。しかし、周りを見ると自分よりも仕事が忙しい方や 年上の方もおり、その頑張っている姿を見ると励まされたときもありました。老若男女、様々な職種の空手仲間と共に汗を流す練習時間は自分にとって 楽しみでもあります。
空手を始めて5年目、少しずつの積み重ねで昇段審査に合格することが出来ました。今後も、道場訓にもあるように『努力の精神を養うこと』を忘れずに、 継続して稽古に励んでいきたいと思います。ご指導してくださいました阿部先生はじめ下北沢道場の皆様、どうもありがとうございました。

細野 喜久  黒帯への道

2008.4月 ハワイの道場入門 約10ヶ月
2008.6月 8級   9月21 7級   12月21 6級

  2009.2.19  日本空手協会下北沢支部入会

6級 2009.4.25 14回   1年  
仮5級 2009.8.29 22回   1年4ヶ月  
5級 2009.12.19 22回   1年8ヶ月  
仮4級 2010.4.24 18回   2年  
4級 2010.8.28 22回   2年4ヶ月  
仮3級 2010.12.18 19回   2年8ヶ月  
3級 2011.4.23 21回   3年  
仮2級 2011.12.17 33回   3年8ヶ月  
2級 2012.4.21 19回   4年  
仮1級 2012.8.25 21回   4年4ヵ月  
1級 2012.12.15 19回   4年8ヵ月  
初段 2013.4.14 21回 計251回 5年


初段取得に際して …… 渡辺 勇也 (26歳 会社員)


私は学生時代、既に初段を取得しておりました。
大学生活の中で、空手に捧げて来た時間も決して少なかったとは思いません。
ですが学生時代だけでは燃え尽きず、社会人となってからも「空手を続けたい」という気持ちがあった事に、働きつつも気付いておりました。
そしてその気持ちに嘘をつく事は出来ず、その気持ちに応えるべく、当道場の門を叩き、再び胴着に袖を通す日々を一から始めさせて頂きました。
社会人となってからの空手は学生時代のものとは違います。時間の制約や体力的に厳しい状況に追いこまれる事もあります。
然しどんなに厳しい状況でも続けて行こうと強く決めました。私のライフワークの一つとして、もはや空手は私の人生に無くてはならないものであると 強く感じているからです。
今回こうして日本空手協会の初段を頂きましたが、ここで満足する事なく、今後はいち早い弐段取得を目標に、更にその先をも視野に入れ、 日々努力して行けたらと考えております。
阿部先生、そして諸先輩方々、今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

渡辺 勇也  黒帯への道

2005.4月 大学1年 某他流にて空手修業
2006.4月~
  2009.3月
大学2年~4年松涛館流にて空手修業

  2012.7.7  日本空手協会下北沢支部入会

8級~1級 2012.12.15 34回   6ヶ月  
初段 2013.4.14 14回 10ヵ月 修業合計4年10ヶ月


初段に合格して …… 中野 温未 (36歳 会社員)


今から4年半前の2008年、某証券会社のIT部署で働いていた私は、早番は午前7時から、遅番は午前11時からの2つのシフト体制で勤務していました。  元々早起きが苦手な私は自ら進んで遅番シフトを選び働いていました。残業も多かったため、遅番で出勤すると大体仕事が終わるのが22時くらい、 その後仕事帰りに外で夕食を済ませ、ついでに大好きなビールを飲み、終電近くで帰る、というような生活でした。そんな夜型不規則生活を数年続けた結果、 常に体がだるく、思考もネガティブになりがちで、やる気がなく、原因不明の体調不良が続いていました。そしてある5月の土曜日、身体のだるさだけではなく、 このやる気のない精神状態から脱却するには、ただの運動ではだめだ、精神も鍛えなくては!と思い立ちました。「精神を鍛える運動」、と思い浮かべたとき、 自分の中で、武道、かなと思いました。そして武道にも色々な種類がありますが、インスピレーションで「空手」が頭に浮かびました。そしてインターネットで、 当時住んでいた自宅近くの「下北沢」、そして「空手」というキーワードで検索し、JKA下北沢道場のHPにたどりつき稽古見学の申し込みをしました。 そして実際道場で稽古の様子を見学すると、HPで紹介されていた以上に雰囲気のよい道場で、阿部先生のもと、皆さんがきびきびと練習をされ、 また初めてみる形の練習で黒帯の先輩方がとてもかっこよく、ここだ!自分もやってみたい!と思い、見学後すぐに入会の申し込みをしました。

初めての稽古に参加した日は、練習後に体中がこれまでに無い筋肉痛になり、今までどれほど身体を動かしてこなかったのかを痛感しました。 稽古日は、月、木、土の週3回ですが、最初のうちは特に、2回連続稽古を休んでしまったりすると、せっかく習ったことを忘れてしまったり、 身体もすぐに戻って筋肉痛。。ということになり、週3回の稽古を休みたくない気持ちがどんどん強まりました。また、稽古の内容も毎回阿部先生が色々なバリエーションで 教えてくださるので楽しかったですし、昇級審査で合格し、帯の色が変わるたびにやる気もおきてきました。また、稽古に出たいという気持ちから、 仕事を早番にしてみたり、稽古に出たいという意識で仕事をすると無駄な残業も減り、仕事の効率もよくなり、夜型生活が改善されました。また週3で練習に出る生活を 続けていくうちに、空手を始める前は30%近くあった体脂肪がいつのまにか21,22%くらいまで減り、身体の調子もよくなり体力もつきました。 また、下北沢道場には子供から大人まで幅広い年齢層、海外からの方もいらっしゃり、道場生との交流もとてもいい刺激になります。仕事などでストレスをかかえて 一日を過ごしても、練習に集中すると頭も切り替わり、身体も動かしストレスも発散されます。また、基本動作、形、組手など習っていくうちに、どうして自分は みんなと同じ動作ができないのかなどを気にすることによって自分の身体に対する興味も増えました。

4年間で少しずつ昇級してゆき茶帯1級になり、とうとう昇段審査を受験させていただけることになりました。審査の前は、阿部先生が審査前日まで、 細かく形で私がいつもやってしまう癖や動作を中心に教えてくださいました。また、稽古の後は黒帯の先輩方が時間を割いていただき組手の強化練習なども してくださりました。そして2012年12月2日(日)、東京武道館で昇段試験を迎えました。試験当日はものすごく緊張しましたが、いつも一緒に練習をしてきた 佐藤さん、鹿島さん、七海さんも一緒に受験でしたので、いくらか緊張もとれました。また、道場の皆さんがたくさん応援にきてくださったので心強かったです。 形、基本、組手の順に審査を受けました。とにかく大きな失敗をしないように、あとは普段下北沢道場で習ってきたことを丁寧にやろうという気持ちで受けました。 そして阿部先生から合格の結果をきいたときには本当にうれしかったです。そして自分の名前の刺繍が入った黒帯をいただいたときには更にうれしくなりました。 体も硬く、形の順序や動作をなかなか覚えられない私が、まさか黒帯までたどりつけるとは、4年半阿部先生が基本から丁寧に教えてくださったおかげであり、 また、黒帯の先輩方が時間を割いて個別練習をしてくださり、道場生の皆さんにアドバイスいただいたおかげです。本当にありがとうございます!

空手を始める以前の自分と今の自分を比べると心身共に本当に健康になりました。4年半前下北沢道場で空手に出会っていなかったらおそらく今頃はメタボでネガティブな 仕事ばかりの退屈な生活を送っていたと思います。阿部先生、道場のみなさんのおかげで楽しみながら空手を続けることができています。黒帯取得は空手をはじめたときから 常に目標としてきたことですが、初段=スタートとしてこれからも基本に忠実な動作を心がけ、先輩方のような黒帯らしい黒帯になれるよう練習に励んでいきたいと 思います。阿部先生、道場の皆様、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

中野 温未  黒帯への道

  2008.5.31  日本空手協会下北沢支部入会

8級 2008.8.30 24回   3ヶ月  
7級 2008.12.13 31回   7ヶ月  
6級 2009.4.25 37.5回   11ヶ月  
仮5級 2009.8.29 37回   1年3ヶ月  
5級 2009.12.19 36回   1年7ヶ月  
仮4級 2010.4.24 37回   1年11ヶ月  
4級 2010.8.28 37回   2年3ヶ月  
仮3級 2010.12.18 29回   2年7ヶ月  
3級 2011.4.23 29.5回   2年11ヶ月  
仮2級 2011.8.27 35回   3年3ヶ月  
2級 2011.12.17 21回   3年7ヶ月  
仮1級 2012.4.21 27回   3年11ヶ月  
1級 2012.8.25 32回   4年3ヶ月  
初段 2012.12.2 30回 計443回 4年6ヶ月


初段取得 …… 佐藤 朝昭 (48歳 会社員)


 42歳くらいから明らかに体の変調を感じるようになりました。お腹が出てきたりとかはそれ以前からありましたが(笑)、筋力が確実に衰えてきたのです。 このまま体力が低下して弱っていくのはまだ早い、と思った私はご他聞に漏れずスポーツジムに通おうとしたのですが、好きなときに通えるという一見便利そうな システムは、結局行かない、ということになるのは性格上目に見えていました。それと、スポーツジムでストイックに頑張るんだったら、同時に資格取得意欲を満たす ことができ、日本の伝統武道をも身に付けることができる空手がいい!と強く思うようになりました。結局やり始めたのは44歳の誕生日を迎えた月でしたが、 4歳から空手を始めた今年20歳になる息子が高体連の強豪校の空手部に進学した時期にその気持ちはピークを迎えました。息子の父兄としては長年空手には親しんで きましたが、アスリート空手の道に進んだ息子やその仲間たちを見て、「一度しかない人生、一生見る側で終わるのは勿体ない。俺もやろうかな、と思っているだけでは どんどん年を取るだけだ。」との気持ちも強くなっていったと記憶しています。

 これで気持ちは固まりましたが、ここで一つ問題がありました。それはほとんどの空手道場は学校の体育館や公民館のような場所を借りて運営しているので 時間が早いのです。 平日の夕方6時に稽古開始のようなカリキュラムではまず通えないので、インターネットで自宅と勤務先の途中に立地して、且つ時間が遅い道場は無いものかと探しました。 そうしたらあったのです日本空手協会下北沢支部が!阿部先生はご自宅に道場をお持ちなのでそれが可能なのです。都会では珍しいのです。フルコンタクトのような 新興空手には全く興味が無かった私は(関係者の皆さんすいません)、伝統空手、それも松濤館流最大組織の日本空手協会に以前から興味があったので即決でした。

 そして2012年12月2日、道場に通い始めて4年と3ヶ月で公益社団法人日本空手協会公認段=黒帯という”資格”を取得しました。仕事で夜遅くなったり、酒席があったり、 土曜日もしょっちゅうゴルフがあったりと、黒帯取得まで当初の予定の倍近く時間はかかりましたが、辛抱できずに途中で投げ出して結局黒帯まで辿り着かないか、 黒帯を取得したという結果を得ることができるか、精神面の戦いでもあったのです。

 最後に、久しぶりに会う人からは、「痩せましたね!」とか「絞まりましたね!」とよく言われます。体重は2~3キロしか変わりませんが、ベルトの穴は2つ変わりました。 それと若者に負けない体力も取り戻しました。道場では来る日も来る日も同じ基本の練習ですが、そのハードな基本練習こそが50近くなってもみなぎるエネルギーを 生成してくれているのだと思います。そしてそのおかげで仕事の面でも好調です!?嘘だと思ったらあなたも始めてみませんか?

佐藤 朝昭  黒帯への道

  2008.8.28  日本空手協会下北沢支部入会

7,8級 2008.12.13 29回   4ヶ月  
6級 2009.4.25 32回   8ヶ月  
仮5級 2009.8.29 23回   1年  
5級 2009.12.19 29回   1年4ヶ月  
仮4級 2010.4.24 22回   1年8ヶ月
4級 2010.8.28 21回   2年  
仮3級 2010.12.18 22.5回   2年4ヶ月  
3級 2011.4.23 22回   2年8ヶ月  
仮2級 2011.8.27 29回   3年  
2級 2011.12.17 22.5回   3年4ヶ月  
仮1級 2012.4.21 20.5回   3年8ヶ月  
1級 2012.8.25 30回   4年  
初段 2012.12.2 19回 計321.5回 4年3ヶ月


初段取得までの「道」のり …… 鹿島 経生 (39歳 会社員)


2010年の1月に再入会以来、阿部先生はじめ、諸先輩、道場生のみなさま、家族、様々な人に支えられこのたび、初段を取得することができました。
大きな病気や怪我などなく、沢山の稽古を積むことができ、みなさまには本当にこころからお礼をもうしあげます。

私が下北沢支部に最初に入門しましたのは2003年12月。

入会したものの4月の昇級審査を前に、空手とは関係のない理由で、長い期間、稽古を空けることとなりました。
半ば、「退会」という形で6年以上が経過し、意を決めて再入会をするまでには心の葛藤が何回もありました。
一方で、「いつかまた空手を再開したい」という思いは、実は常にあって
いつでも再開できるように水泳やジム通いをしていました。

再開の決め手となったのは、再入会前の10月。
父親の法要の途中で立ち寄った伊勢神宮で神前に手を合わせようとした時のこと。
目の前でお参りしていたゴツイおじさんのズボンのポケットから
「日本空手協会」の携帯ストラップがぶら下がっているのが見えたとき。。。
ああこれは、「ソロソロハジメナサイ」と神様からお告げが来たのだなと意を決したのが
再入会のきっかけでした。

先生のお許しをいただき、再入会をしたのは2010年1月。
最初の稽古の時は、気持ちが高ぶり、雲の上で稽古しているような感じだったことを今でも覚えています。

「初段」をいただくまでに通った稽古の回数は362回。
連日、重い道着を洗濯し続けて、全自動洗濯機は、とうとう「全自動」でなくなりました。

改めて道場に通うにあたって心がけたことは。。。

・決めた時間・曜日に参加するという大人が中々守れない常識を常に守ること。
・「サボリタイ」と思ったときは迷わず稽古に行く。
・「マダマダヤレル」と思ったときは稽古は無理せず休む。

結局、362回の稽古は不安、試行錯誤、模索の連続で、今思うと「一気に駆け抜けていった」というのが本音です。
周りから「アフター5ノタシナミダ」「スポーツハイイネ」と誤解されることに、後ろめたさを感じた時期もありました。
サラリーマンとしては年齢的に働き盛りで、会社に一番時間を注ぎこまなければならない時期と感じていたからです。

でも、その気持ちを一新させたのは、「東日本大震災」という大きな出来事でした。
ある偉いお坊さんが仰った「人生は冥土までの暇つぶし」という言葉を、その時に改めて噛み締めました。
人が何と言おうと、出席できる理由(成果)を一つずつ積み上げていけばいいのではないかと。

それからは、「木土月」の1日置きの稽古のサイクルに応じて、仕事の組み立てや効率を随分工夫しました。
空手以外のことを稽古中考えていても、道場の中では事実、何も解決はしません。
あたりまえのことですが、稽古に一層集中しました。
「逆に何も考えなくてよい開放感」が、自分の心を見つめなおす大切な時間になりました。
(道場のみなさま。いつもフレンドリーでなくてごめんなさい。)

稽古を重ねる中では意識したことは。。。

・「基本」の反復に対してどこまで高い意識を持つか。
・自分の持っているセンスを腐らせずに、いかに努力する能力を高めるか。
・「力んでもスピードやキレは生まれない。」

これらは、経験や技術の差に関わらず、誰でも持てるものだと実感することができました。

又、「自分は何故、稽古に通うのか。」「なぜ空手をやるのか。」「経験や技術をどう活かしていきたいか。」
正直、答えは一杯ありすぎて、こたえきれません。
稽古を重ねる中で、はじめた動機や目的は、その時々によって様々に変化しました。
稽古をする場が「道場」と呼ばれる所以だと思います。
初段の取得は一つの区切りであり、稽古は通いつづけなければならないと思いました。

昇段審査を受験するために、年3回ある昇級審査に臨みました。
最初は、先輩方と同じようにエスカレーターで上っていくぞと、意を決して臨んでいく有様でした。
上級になるにつれ、「自分のために一番ベストな選択」を先生が、審査の都度されているのだなと感じると
落ち着いて審査の受ける気持ちが出来たと思います。
一方、求められる技術は、上級に上がれば上がるほどシンプル。
でも、それを克服するには、「基本に対する高い意識」が必要だと感ずることが多くなりました。

様々なことを稽古で実感しながら2012年12月。「昇段審査会」に臨みました。

休日の早朝から応援に駆けつけていただいた道場のみなさま。とても心強かったです。
でも申し訳ありません。
型・基本・組手の順に、自分が何をどのようにやったのか。上手くくできたのか。出来なかったのか。
どれだけ振り返っても振り返っても「記憶」がありません。
「無意識の中の意識」で、稽古でやったことがそのまま結果に出ていたと思います。
本当に不思議な体験でした。

審査日の翌日。
先生からいただいた黒帯を締めて初めての稽古。
堅くて厚くて重い帯を締め、基本稽古が終わったときに、「武士」の端くれにやっとなれたと実感しました。
腹の奥から「気」が湧いてくる感じ。この感覚は絶対に忘れてはいけないと思いました。

稽古の帰り道。
子どもの頃、最初に通っていた空手道場を辞めたいと父親に漏らしたときのことを思い出しました。
辞めたいと言ったときに、いつも怖かった父は「そうか。分かった。」と静かに許してくれました。
黒帯まで稽古を続けると約束したわけでもなかったですが
理由があったにせよ中途半端に辞めたことをずっと後悔していました。
挽回しようと社会人から某流派の道場に通いはしたものの、途中で挫折も味わいました。

「そうか。分かった。」と静かに許した父親の真意。
伝えたかったのは、稽古を続ける辞めるの問題でなく、
自分でレールを敷いて回り道をしてでも目標に向かい、「自分で走っていく人生」の大切さだったのではと思います。

雨が降る空に向かって、心の中でこのように思い、手を合わせました。

「40歳前になって、親父や兄貴にやっと追いつくことができました。」
「努力した経験を通じて、世の中で必要とされる人間になるように、これからも頑張っていきます。」

(最後までお読みいただきありがとうございました。)

鹿島 経生  黒帯への道

  2003.12/1  日本空手協会下北沢支部入会
 12月3回 2004.1月2回 2月5回 3月3回 計13回
 4ヶ月 練習の過去あり ブランク5年10ヶ月
 2010.1.16再入会

仮6級 2010.4.24 36回   4ヶ月  
仮5級 2010.8.28 39.5回   8ヶ月  
仮4級 2010.12.18 38回   1年  
4級 2011.4.23 39回   1年4ヶ月  
3級 2011.8.27 52回   1年7ヶ月  
仮2級 2011.12.17 31回   1年11ヶ月  
2級 2012.4.21 43回   2年3ヶ月  
1級 2012.8.25 40回   2年7ヶ月  
初段 2012.12.2 32回 計364.5回 2年10ヶ月


強く優しく、空手は楽しい! …… 七海 剛 (45歳 会社員)


 空手を始めた動機はいくつかありますが、いざという時に大切な人を守りたい、というのが一番の理由です。一度始めたからには黒帯を取るまでは絶対に辞めたくない との思いから、自宅と職場に近くまた常設道場を条件に探したところ、下北沢支部が候補にあがりました。

 事前に連絡もせずに見学に行きましたが、 阿部先生は快く受け入れて下さり、その場で入門を決めました。その時に見た形は鉄騎初段でした。横一線に動く形で、シンプルだなという思いと同時になにか 奥深いものも感じました。「四年たったら黒帯取れますよ」と阿部先生は言われました。四年もかかるのかという思いの一方で、四年は続けて稽古しなさいと言われた様な 気持ちがしました。

 白帯を絞めて初めて道場に立ち、阿部先生から基本を一から丁寧に教わりました。入門前は簡単にできるだろうと思っていたのですが、一つ一つの技に原理原則があり、 その要求通りに体が動かず愕然としました。気持ちは20代ですが、実は運動をしていない40代です。初日に現実を思い知らされ、続けていけるのかと 不安になりました。

 週3回の稽古をこなし、3ヵ月たって初めて昇級審査を受験する事になりました。自分ではそこそこ出来たのではと思っていたのですが、審査直後に阿部先生から ため息交じりで「どうすれば、よくなるのかねぇ・・・」と言われ軽いショックを受けました。自分の自身の姿と言うのは自分では分からないものです。すこし心が 折れかけました。

 その後も稽古を重ね、阿部先生や先輩方のご指導もあり、なんとか緑帯に合格できました。その直後諸事情から8カ月ほど休会する事になりました。せっかく 積み上げた技や体力も落ちて復帰は無理かな、辞めようかなと弱気になった事もありましたが、やはり皆と稽古がしたいし、道場も懐かしく、なにより空手を続けたい という気持ちの方が強くなんとか復帰する事ができました。

 復帰後は体力回復と衰えた技を戻すのにとても苦労しました。特に足腰の筋力が落ちていて、激しい稽古に耐えるために保護用のスポーツスパッツなどを 着用したりしました。また休んでいる間に後輩にも追い抜かれる結果となりましたが、絶対に追い付き追い越してやると、いい意味で皆をライバル視しながら 必死に稽古しました。

 その後も継続して稽古して紫帯に合格しました。しかし、この頃から自分の技が伸びないと言うか、同じところをグルグル回っているような感覚に襲われました。 阿部先生からは常々「どうしたらいいか、自分で考えて」と稽古中によく言われている事を思い出し、人に教えてもらうだけでなく、自分で考えて稽古するようになりました。 どうして前足を開いて移動してはいけないのか、どうして脇を開いて突いてはいけないのか、どうして膝をかいこんで蹴るのか、自分で考えた事を道場で試行錯誤しました。 その甲斐あってか、茶帯を受験する頃には一皮むけたような気がしました。鉄騎初段を稽古するようになり、体の部位がいろいろと知覚できるようになり、 肩甲骨、胸椎、骨盤、股関節などの動きが知覚できるようになり、ほんの少しですが力の出し方を学べた気がしました。

 茶帯になってからは、やらなくてはいけない、やってはいけない事が頭では理解出来るのに、体の特定の部位がどうしても動かないという事実に悔しさで いっぱいになることが、しばしばありました。整体にこまめに通うなどもしましたが、一気によくなることはなく、今後も地道に調整するしかないと 今では思っています。

 そうこうしているうちに、昇段審査の日がやってきました。一級に合格してからは、普段通り稽古をこなして、自宅では半身正面の稽古を続けました。 普段通り落ち着いて審査項目をこなせば絶対に受かる、審査員の先生方々、どうぞ僕の技を見て下さい、という気持ちで臨みました。最初は形の審査です。 ゆっくりやり過ぎたかなという気持ちもありましたが、あせって雑になるよりはましと思い最後まで、それで通しました。審査が終わり、阿部先生から下北沢道場の 受験者は全員合格とのお話をいただき、自分の中で一区切りがついた気がしました。

 審査翌日の稽古の時に、阿部先生から真新しい黒帯と道着をいただきました。嬉しさよりも黒帯の重みと、これからが本当のスタートなんだという気持ちの方が強く、 なにやらとても緊張してしまいました。でもはやり、黒帯は嬉しく自宅でも締めたり、帯を手でほぐしたりもしました。

 入門から三年六カ月。長いようであっという間でした。空手は10級から始まります。黒帯は一段と言わずに初段といいます。その名のとおり、初心に帰り一から 稽古をしたいと思います。自分の稽古もそうですが、後輩へのアドバイスも自分を成長させると思いますし、きちんと技を示し、理屈を説明できなければいけないと 思っています。

 次の目標は二段です。遠い将来ですが、子供達に強さと優しさを空手を通じて教えられればいいな、という夢も描いています。漫然と稽古するのではなく、 常に目標を設定して稽古したいと考えています。先人達が築き上げた素晴らしい空手。この空手の技と精神を後世に伝える事が、私たちの義務であり、阿部先生への恩返し だと思っています。

阿部先生、先輩方、これからもご指導宜しくお願い致します。

七海 剛  黒帯への道

8級 2009.8.29 30.5回   3ヶ月  
7級 2009.12.19 39回 計69.5回 7ヶ月  
6級 2010.4.24 37回 計106.5回 11ヶ月  
5級 2011.4.23 32回 計138.5回 1年11ヶ月  
4級 2011.8.27 50.5回 計189回 2年3ヶ月  
3級 2011.12.17 33回 計222回 2年7ヶ月  
2級 2012.4.21 42回 計264回 2年11ヶ月  
1級 2012.8.25 42.5回 計306.5回 3年3ヶ月  
初段 2012.12.2 33回 総計339.5回 3年6ヶ月


初段に合格して …… 萩原 三恵子(41歳 看護士)  


 空手との出会いは小学校5年生の時です。地域の子供を対象にしたスポーツクラブに入会したことがきっかけでした。選択制の種目の中から、本当は ミニバスケットボールがやりたかったのですが、人気があり既に定員一杯、剣道か空手なら空きがあると言われ「剣道より手軽そう」と空手を選びました。
ひょんなことから始めた空手でしたが、練習したことが蓄積されていくおもしろさがあり、すぐに好きになりました。しかし数年後、 クラブ自体が閉会したこともあり空手も辞めてしまいました。

 それから「いつかまた」と思いながら20数年。40歳になる年の2009年お正月、人生を折り返すにあたり何か始めようと思い立ちました。 色々と浮かんだなかで、ずっと中途半端な気持ちのままひっかかっていた空手をやろうと決め、自宅から近かった下北沢支部の阿部先生にメールを出しました。 久しぶりの空手は懐かしく、そしてやはり楽しかったのですが、長い間運動していなかった身体は重く硬く動かず。それでも続けるうちに、一回でも休むと次の稽古で 身体の動き方の違いが分かるようになっていきました。最初は趣味として無理せず適度に休んで、などと思っていたのですが、先生が出席を重視してくださること、 そして何より道場の皆さんと一緒に稽古するのが楽しくて、だんだんと「休みたくないな」という思いが強くなりました。
道場へ通うのが生活の一部になり、職場の人から「火・金・日の空手教室を探したら」と言われるくらい、稽古に通い始めました。

 そうするうちにあっと言う間に月日は経ち、とうとう昇段審査を受けるところまできました。審査当日はとにかく落ち着くことだけを心掛け、有難いことに道場の皆さんが 応援に来てくださったお蔭で、いつもの稽古に来たように安心し、心強く審査に臨めました。同じ受験者だった小学生の健くんが頑張っている姿にも励まされました。 そして、翌日の稽古で先生から黒帯をいただき、皆さんから「おめでとう!」と声をかけてもらって、「本当に終わったんだなぁ」と実感しホッとしました。 初めて締める黒帯は「しっかりやりなさい!」と言われているようにずっしり重く感じます。正直なところ、その辺に置いてあると誰かの忘れ物のように見えるし、 鏡に映る自分にも見慣れないし、先生に「黒帯」と呼ばれてもピンとこないし・・・とまだ私に全く馴染んでいません。「初段は空手の始まり」と先生がおっしゃったように、 また心新たに本当の意味で黒帯が自分のものになるよう頑張りたいと思います。

 最後になりましたが、振り返ると多くの方々に支えられていることを、改めて感謝しこの場をお借りして御礼申し上げます。
阿部先生、いつもきめ細やかな御指導をありがとうございます。先生は背中に目がついていると噂されるほど、全員に目を配り稽古をつけてくださいます。 いつも変わらずそこにある下北沢支部は私たち生徒のホームです。古い生徒さんにとってもそれは同じなんだろうなと思います。皆さん道場に寄ってくださったり、 近況報告の手紙が届いたり、ブランクを経て復帰されたりと、この場を離れても先生のもとで空手をした日々が心のどこかにしっかりあることを感じます。 愛されている道場で稽古できることを幸せに思います。
 黒帯の先輩方、適切なアドバイスや居残り練習など、惜しみなく助けてくださりありがとうございました。移動基本ではいつも後ろ姿を見ながら稽古をしていました。 私もこれからはそれを自覚しないと、と思います。道場のみなさん、幼稚園児からシニア世代の方まで、同じ目標を持つ仲間が大勢できて嬉しいです。皆さんの頑張りに 私も頑張ろうと思わされます。いつもありがとうございます。
勤務先の職場の皆さん、稽古の日には「今日空手だよね」と声をかけてくれます。気持ちよく 稽古に行くことができるのは皆さんの理解があってのことと感謝しています。そしてひっそりと見守り続けてくれる友達と家族、昇級のたびに喜び、応援してくれました。 いつもどうもありがとう。
皆さま、これからもどうぞよろしくお願い致します。

萩原 三恵子  黒帯への道

  2009.2.5  日本空手協会下北沢支部入会

8.7.6級 2009.4/25 23回   3ヶ月  
5級 2009.8/29 46回   7ヶ月  
4級 2009.12/19 40回   11ヶ月  
3級 2010.4/24 35回   1年3ヶ月  
2級 2010.8/28 43回   1年7ヶ月  
仮1級 2010.12/18 31回   1年11ヶ月  
1級 2011.4/23 33回   2年3ヶ月  
初段 2011.8/28 47回 計298回 2年7ヶ月


初段に合格して …… 染矢 美恵子 (48歳 会社員)


 下北沢支部の皆様はご存知のとおり、私は横幅が大きいです。でも数年前に比べるとだいぶ縮んだんです。当時、それ以前の私を知る人からは「しばらく見ないうちに、 なんと大きくなって?!」と散々言われてたんです。
 病気で手術をした後みるみる成長した私に、夫はジムやら水泳やらに行くことをすすめました。でもダイエットだけを目的に1人で黙々とやるのはどうしても長続き しません。ある日「もし、お前が3ヶ月間空手を続けたら、俺がレオタード着てエアロビ踊ってやる」と言いだしました。その頃、私たちは米国ヴァージニア州に 住んでいて、格闘好きの夫は、古きよき日本の精神論を尊ぶイラン人の先生のもとで空手を習い始めたところでした。空手は板を割るイメージしかなかった私は 「手~痛いよな~」と思いつつも、3ヶ月後の怖いものみたさ(?)に、最初の一歩を踏み出してしまったのです。
 2007年に帰国した頃には、夫より私の方が道場探しに真剣になっていました。最初に見学に行った自宅に近い別流派の道場では「好きに練習してください」と言われ、 何か違うなあと感じました。そして、次に体験稽古に伺ったのが下北沢支部でした。「整列!」「静坐!」「黙想!」「礼!」この空気だ~。そして日本で初めてみた (というよりも、基本を大事になさる阿部先生の道場の)「型」の美しいこと。その日のうちに永年会員となることを決めました。
 最初のうちは他から来たのだからしかたないと思っていたのですが、だんだんと壁を感じ始めました。自分では指示のとおりに身体を動かしているつもり…直したつもり…。 でも、うまくいってないのです。そして、それが自分ではわかってないのです。「変な癖つけると後で直らないよ」先輩からアドバイスされても、どこがどういけないのかも よくわかりません。そして紫帯を過ぎた頃から、独りよがりのもがきが始まりました。試験を受けても半分しか級があがらない。なんで?…すでに先輩方の「黒帯への道」を 眺め「回数たくさんきたら1つ上がるのかなぁ」と勝手に思いこみ、その後は回数増やすために、持ち帰れる仕事はとにかく持ち帰り…練習に間に合いそうな可能性が ちょっとでもあるときは、外出先にも出張先にも常に道着を持ち歩いて…。取引先から「いつも書類をそんなに持ち歩いて熱心ですねぇ」?!…しかし、結果は、 やっぱり半分しか上がらない。
 ある日、内山さんから「頭で考えてやれ」と言われました。内心、頭で思っていても無理、体動かない…。でも、実はここに大きな勘違いがありました。
 子供は無意識に真似をするうちにできてきます。歳をとり、しかも身体が固いとなると、頭で考えたとおりには身体が動きません。しかし、考えてやらないと 出来るようになりません。頭で思っていてもできないからこそ、どういう意味があるのか、どうすれば出来るようになるのか、考えながら、意識をしながらやることが 大切だとやっとわかってきました。そして出来るようにならなければ昇級はできないのです。行って練習して出来るようになりたい…回数のために行かなきゃいけないという 呪縛はとれ、むしろ身体が動かなくなることが不安になり、行かなきゃいけないと感じるようになりました。
 1回に半分ずつの亀さん昇級ですが、2010年の夏にとうとう1級に合格しました。
 さて、1級になってもいつ段審査を受けられるのかわかりません。先輩方からも早くて1年後じゃないかと言われました。そうだなあ…道場で一番下手くそだしなあ…。 みんなに先越されちゃうのかぁと思うと、全くがっかりしなかったといえば嘘になりますが、出来るようにならなければ、先を越されるどころか永久に黒帯を取れない かもしれない、審査のことは考えずに改善できるところから少しずつやっていくことにしました。内山さんをはじめ先輩方が稽古の後も熱心に 練習を見てくださいました。
 ところが12月審査が近づいた頃、組手の相手を替えるときに、阿部先生が「受験者同士じゃ…」とおっしゃいました。「え~っ!?。私のこと?」心の準備が なかったので、しばらくソワソワし、審査の週に先生に恐る恐る伺ってみたところ「予行練習のつもりで受けたら」とおっしゃいました。
 夫は絶対にやめろといいました。もちろん自分でも道場の恥となるようなことはしては絶対してはいけないと思いました。ただ、一方で、何かチャレンジしたい気持ち がありました。
 不景気の今、自分の能力だけではうまくいかない理不尽なこともたくさんありますが、空手の審査は自分のレベルが基準に達したか否かで純粋に評価されます。 モヤモヤとした毎日での中で、純粋にチャレンジする、もしレベルが足りなければ次に向かって純粋に努力する、そんな実感を持てる何かが欲しい気持ちがありました。 また、長年やろうと思いながら年齢や景気のせいにして先延ばししていることが私にはいくつかあります。それらを突破する何かきっかけが欲しい気持ちもありました。
 そう思いつつも審査当日の朝まで、どうしようかぐずぐずしていました。このような私にもかかわらず、先輩方、道場の皆さんが、前日も遅くまで練習に 付き合ってくださり、応援に来てくださり、またメールをくださいました。
 審査会場で阿部先生に「やってみたいと思います」とお伝えしました。この後におよんで急に上手にはなれません。先生、先輩方に注意していただいたこと、 アドバイスしていただいたことだけは、とにかく意識して気をつけようと思いました。
 最初は「組手」でした。先に一本取られたので、何とか取ろうと手ばかり前にでてしまいます。体全体で入っていく、これからの大きな課題を感じましたが 「組手」が最初だったのは気持ちを高めるのによかったと思います。次の「基本」は、組手で組んだ方が指を脱臼し棄権、あっという間に自分の番となったこともあり、 あがる暇もありませんでした。課題だった呼吸も幾分体力がついてきたせいか、また受験者3人が一緒に行う状況のせいか、息切れすることなく最後までやりきることが できました。最後は「型」でした。途中で「あ~っ。軸がちょっとずれた!」とか、意識している自分がわかったので、出来はともかくとして、あがらずにできたと 思います。できることはすべてやったので、今回だめでも次回はと、気持ちよく思えることができました。
 翌月曜日、先生から受験者2名合格とのお知らせをいただきました。
嬉しさは一瞬、すぐに緊張がやってきました。私は、やっとスタートに立った、まだまだ、これから頑張るという意味での初段取得です。まだまだ学ばなければならないこと がたくさんあります。それを自覚し、意識し練習に励みたいと思います。
 アラフォーで空手を始め、今はすでにアラフィフです。アラカンになっても、その先もずっと続けたいと思える道に入門し、本当によかったと思っています。 その意味では夫には感謝しています(まだ見ていないレオタード姿の約束は忘れていませんが)。
仕事や日常生活でモヤモヤしている特に中高年の皆さん、目標を持って出来るようになる楽しさを共有しませんか。阿部先生が、丁寧に、厳しく、根気強く 指導してくださいます。親身になってアドバイスしてくださる先輩方、一緒に喜ぶ空手メイトが待ってますよ。

染矢 美恵子  黒帯への道

2005.9/13 米国ブァ-ジニア州でイラン人の空手道場に入門.1年半で5級となる

  2007.5/12  日本空手協会下北沢支部入会   44歳

6級 2007.8/25 24回   1年11ヶ月  
5級 2007.12/15 21回 計45回 2年2ヶ月
仮4級 2008.4.26 22回 計67回 2年7ヶ月
4級 2008.8.30 36回 計103回 2年11ヶ月
仮3級 2008.12.13 29回 計132回 3年3ヶ月
3級 2009.4.25 26回 計158回 3年7ヶ月
仮2級 2009.8.29 36回 計194回 3年11ヶ月
2級 200912.19 24.5回 計218.5回 4年3ヶ月
仮1級 2010.4.24 27回 計245.5回 4年7ヶ月
1級 2010.8.28 30回 計275.5回 4年11ヶ月
初段 2010.12.5 29.5回 総計305回 5年2ヶ月


初段合格の日を迎えて …… 渡邊 由貴 (33歳 会社員)


阿部先生の道場に入門
 他流派にて段位も修得し、指導もしていた私ですが、自分が理想に思う「空手道」をより極めて行く為には、環境を変える必要があると日々悩んでいました。

 そんな時に観たのが、2007年10月に公開された、日本空手協会師範 中達也先生 主演の映画『黒帯』です。中達也先生の舞台挨拶の時の明快さ、銀幕を通じてもわかる、 基本の技の冴えに魅了されました。

 幸運にも、映画を見た数日後、公開記念のイベントとして開催された「沖縄空手ワークショップ」に参加する機会を得ました。これは、同じく主演された 国際明武館剛柔流 師範の八木明人先生が、普段は沖縄でしか見ることのできない、沖縄空手を紹介する、というものでした。

 イベント自体、とても楽しかったのですが、貴重だったのは、会場で中達也先生のお弟子さんの一人にお会いできたことです。この方から、日本空手協会について 伺うことができ、自分が長年学んできた流派とも近いことから、とても興味がわきました。

 もしかしたら、私が求めている「空手道」に会えるかもしれない、という期待でいろいろと検索したところ、皆さんが今ご覧のとおりのホームページ上の阿部先生の紹介と、 段位合格者の紹介文を拝見して、すぐに阿部先生に連絡をとりました。

 阿部先生は快く一度稽古を試しに体験するようにとの返事を頂けたのですが、なんせ他流派の黒帯をしめて、他の道場生に交じって練習する、というのは、 なんだか敵地に乗り込むような気がして、ものすごく緊張しました。緊張のあまり、意味もなく、阿部先生の道場のまわりの道をぐるぐると5回ぐらい行ったりきたりして、 さんざんためらった挙句、道場の扉を開きました。

 阿部先生の指導に感銘し、入門を決意しました。

(阿部先生は、上記の中達也先生の先輩にあたる方です。あの映画で観た基本の技の冴えの原点はここにあると感じました。)

白帯からの再スタート
 が、覚悟をしていたとはいえ、白帯からの再スタートというシステムには結構ショックでした。昇級審査が3か月後にあり、そこで茶帯まで昇格したとはいえ、再び 「段」を修得するまでの道のりが遥か遠くに思えて、やや心が折れました。

未曾有のけが
 焦りもあったのでしょう。自分の不注意(コンディション不足)から、足に致命的な負傷をしてしまいました。空手自体を諦めなければならない事態にまで陥るかと 思われましたが、治療とリハビリを根気良く1年間ほど続けたところ、今年の夏ごろから練習に再び参加することができるようになりました。ただ、型においても、 組手の動きなどにおいても、怪我の再発を防ぐためには、今までのスタイルを全て変えなくてはならなくなり、かなりの創意工夫が必要となりました。

迎えた日本空手協会 初段合格の日
 それから4か月後、晴れて初段合格の日を迎えました。
阿部先生の道場に入門してから、満足に練習できたのは、この日まで おそらく1年未満だったと思います。時間の拘束がきつい職種に就いているため、それも、週一回、 週末の練習に参加するのが精一杯でした。

 「空手道とは、有形無形の試練を乗り越え、練磨の汗の中から、人格完成を目指す武道である」という有名な言葉を改めて実感しました。

 阿部先生にお会いして、自分の目指している空手道に少し近づけたような気がします。

 何よりも、段位審査の日に、日曜日の早朝、(しかもそれぞれ家から審査会場まで片道2時間ぐらいの道のり)であるのにもかかわらず、応援に駆けつけてくれた 下北沢支部の皆さんに感激しました。

 ガチガチに緊張している私に、「ワタナベさん、これ皆から!」といって差し出されたのが、スポーツ飲料のペットボトル。私が普段の練習で大量に水分を消費することを 知っているのでしょう。良く見ているものです。おかげで審査も無事乗り越えることができました。

 同じ道を志す、こんな素敵な仲間に出会えたことこそ私が得た「黒帯」なのだと思います。

追記:
(あくまで私の研究の紹介ということで、ご参考までに書いてみました)

空手の歴史にふれる旅
 下記、余談ですが:
 「沖縄空手ワークショップ」に参加したことをきっかけに、国際明武館剛柔流の八木明人先生、その師であり父親でもある八木明達先生に沖縄にお会いしに行き、 稽古を何度かつけていただく機会に恵まれました。

 初めて沖縄から本土へ空手を伝えた、船越義珍先生によって、「空手」と改名される前は、沖縄(琉球)では「唐手」(中国から伝わった武術と琉球独自の武術 「手」(ティー)との融合の意味)とよばれていたわけですが、その「唐手」を知る上での貴重な経験となりました。

 沖縄の読谷村というところで、稽古の後に、バスを待っていたのですが、亜熱帯特有のねっとりとした空気、澄み渡った空に浮かぶ月、サンゴ礁の海から時折吹く風が まわりのサトウキビ畑を波のように揺らしていたのですが、この楽園の雰囲気とはうらはらに、複雑な歴史に彩られ理不尽な体制への護身術として発達し、脈々と子孫に 伝えられた空手が海を渡り、様々に形を変え、現代の私にも受け継がれている不思議さをかみしめました。

 稽古においては、本土ではあまり見かけることの無い、「約束組手」と「型」を合わせたような、1人を中心に、他4人が、東西南北に囲み、型の攻防の演武を行う、 という練習を体験させて頂きました。5人全員のタイミングが合っていないとうまくいかないという緊迫感・臨場感があり、非常に楽しかったです。東京から遠く遠く 離れた地・昨日まで会ったことのない人とでも「空手」という共通用語で瞬時に通じ合うことのできるのが、空手の魅力のひとつなのでしょう。

 稽古の後の沖縄特産オリオンビールも最高でした。

渡邊 由貴  黒帯への道

  2008.1/9  日本空手協会下北沢支部入会
  (それ以前は、川崎市の松涛館道場2002.5月入会.2007.9月初段取得)

8級~仮1級 2008.4/26 15回      
1級 2009.8/29 38回      
初段 2009.12/6 11回 計64回 下北沢支部に移籍してから2年


弐段を取得して …… 青柳 琢 (38歳 会社員)


 初段を取得してから約4年3ヶ月。意外と長いようであっと間の年月でしたが、その間には仕事で思うように練習に参加出来ない時期もあり、思うような進歩が 感じられない苦しい時期もあり、それでも空手練習を継続することで少しづつでも日々の練習で積み重ねてきたものが、弐段合格として形になったことは、 やはり嬉しく、また感慨深いものがありました。

 ここまでこれたのも、阿部先生のご指導と、内山さんをはじめとする緒先輩方や同じ黒帯の皆さんとの組み手の練習。更には道場の皆さんの頑張りが励みとなって 練習を続けられたお陰です。

 これからは、阿部先生や諸先輩方から学んだことを、後輩の皆さんに対して自分からも積極的にアドバイスを行いうことや、自分のことを振り返りつつ、 少しでも手本となるような基本や形をするように心掛け、道場の皆さんと一緒にレベルアップできるようにしていけたらと思います。

 また、個人的には、今回も審査の内容に関して思うように出来なかった点を今後の課題として、これからも現状に満足せずに出来るだけ稽古に参加して、 より上を目指して頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。

青柳 琢  弐段への道

  2000.7/1  日本空手協会下北沢支部入会

仮7級 2000.12/16 36回   6ヶ月  
仮6級 2001.4/21 15回 計51回 9.5ヶ月  
5級 2001.12/12 23回 計74回 1年6ヶ月
4級 2002.2/13 27.5回 計101回 2年1ヶ月
仮3級 2002.12/14 22回 計123回 2年6ヶ月
3級 2003.4/12 14回 計137回 2年10ヶ月
2級 2003.12/20 42回 計179回 3年6ヶ月
1級 2005.4/23 23.5回 計202.5回 4年10ヶ月
初段 2005.8/28 29.5回 計232回 5年2ヶ月
二段 2009.12/6 287.5回   初段より4年3ヶ月


初段に合格して …… 関澤 幸一 (39歳 会社員)


 前の会社で仕事中心の生活を余儀なくされ、日常にどこか単調さのようなものを感じていた私は、現在の会社に移ってから半年程度して仕事が落ち着いたら、 何か新しいことを始めてみようと考えていました。
 運動不足の解消という意味も含めて、体を動かすことで気分転換ができればと思い、以前から興味のあった空手に挑戦してみようと漠然と決めていました。

 サイトで家の近くに道場があることを知り、見学させていただく機会を得た際に、子供から大人まで年齢に関係なく一緒に練習されている環境に新鮮さを感じ、 入会を決めました。

 入会から現在までの約3年間、4ヶ月に1度ある昇級審査をひとつひとつこなしていくという形で練習を積み重ねてきたわけですが、仕事との兼ね合いで時間を作ることに 難しさを感じることも少なくなく、多くの制約の中で、体調管理などうまくいかずに悩んだりしたこともあったものの、今日まで空手を続けることができました。

 空手を通して気付かされること、学ぶことなど、経験してみて初めてわかることも数多く、諦めず続けてきてよかったと感じています。

 昇段審査では、もともと痛めていた右脚の状態を終始考えながらの状況下で、最後までもたせることができるのかどうかの不安感が常に伴い、結果として あまり自分自身で納得のできる内容とは言えませんでしたが、初段に合格することができました。
 今の心境としては ある種の達成感や到達感といったようなものよりも、ただ次の新たな段階が始まった感覚の方が強くあります。今回の審査でまだまだ足りない部分を あらためて痛感しましたが、それは今後に活かしていきたいと考えます。

 阿部先生、そして 内山さんをはじめ道場の方々のご指導やご支援に深く感謝しています。
これまでいろいろとありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願い致します。

関澤 幸一  黒帯への道

  2005.6/2  日本空手協会下北沢支部入会

8級 2005.8/27 33回   3ヶ月  
7級 2005.12/17 37.5回 計70.5回 7ヶ月
6級 2006.4/22 38回 計108.5回 11ヶ月
5級 2006.8/26 44回 計152.5回 1年3ヶ月
4級 2006.12/16 36回 計188.5回 1年7ヶ月
3級 2007.4/28 36回 計224.5回 1年11ヶ月
2級 2007.8/25 36回 計260.5回 2年3ヶ月
1級 2007.12/13 33回 計293.5回 2年6ヶ月
初段 2008.4/13 26回 計319.5回 2年10ヶ月


初段に合格して …… 広瀬 香織 (31歳 OL)


 2005年に入り、20代後半だった私は、今後の人生に向けて長く続けられる趣味を漠然と探していました。
 体を動かすことが好きで、社会人になってからもスポーツクラブやダンスなど、様々な習い事をしましたが、どれも長く続きませんでした。
 そんな時、父や友人から「空手」特に演舞のことを勧められ、それをきっかけに自分でも色々と調べました。そのうちにとても興味が沸き、自宅近くに下北沢支部がある ことがわかると、すぐに体験参加しました。

 その日の稽古は、8人くらいと少なく女性は佐々木さん一人でした。基本練習が終わり、形の練習を後ろから拝見しました。
 男性にまざり紅一点、堂々と形の練習をする姿は、とてもかっこよく素敵でした。空手に男性的なイメージを持っていたので、とても新鮮で衝撃を受け、女性ならではの 凛としたかっこよさが出ると感じました。

 初めの頃は、同じ手足を同時に出す動きに慣れず、「追い突き」さえも難しく感じました。4ヶ月ごとの審査で上を目指す課題があり、前回より上手く、少しでも 進歩できればと思い頑張りました。毎回、順調に合格できたのも阿部先生の指導と、いつもアドバイスしてくださった先輩方のおかげだと思います。 本当に感謝しております。
 そして今年の8月、ついに1級に合格したときは、いつもの嬉しさよりも次は昇段審査かと身が引き締まる思いでした。

 それから4ヶ月、焦りや不安の日々でしたが、一緒に受験する楢木野さん、朴木さん、横田さんの熱心な練習に刺激を受け、また居残り練習で先輩方が教えてくださり、 なんとか受験することができました。

 昇段審査はまず組手からでした。休みの日にもかかわらず、朝早くから応援に来てくださった皆様の暖かい声援や笑顔に力が沸きました。直前に遠藤さんからの アドバイスを受け、とにかく自分から積極的に攻めようと、それだけを頭に入れ臨みました。自分がどのように動いたか、全く覚えていませんが、いくつかのチャンスに 合わせ攻撃できながった事が、とても悔しかったです。今後の練習で克服したいと思います。

 続いて基本、形の順でした。間違えたり転んだりしたらと不安になり、緊張で手足が震えてくるのが分かりました。基本審査が始まり、審査席から阿部先生の声が 聞こえた時、やっと我に返り視界が開け落ち着くことができました。その後の形では、無事に力が出せたと思います。
 初段合格と聞いた時は、本当に嬉しかったです。名前入りの黒帯を先生から頂き、刺繍の一文字一文字を目で追い、嬉しさを噛み締めました。
 来年はねずみ年で全て始まりの年でもあります。空手も初段を習得したここから始まりだと思っております。初一念を忘れずに、黒帯に恥じぬよう、 精進し健康に注意しながら心技体の充実に努めたいです。

 阿部先生と道場のみなさん、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

広瀬 香織  黒帯への道

  2005.1/27  日本空手協会下北沢支部入会

8級 2005.4/23 32回   3ヶ月  
7級 2005.8/27 42回 計74回 7ヶ月
6級 2005.12/17 36回 計110回 11ヶ月
5級 2006.4/22 40回 計150回 1年3ヶ月
4級 2006.8/26 43回 計193回 1年7ヶ月
3級 2006.12/16 38.5回 計231.5回 1年11ヶ月
2級 2007.4/28 40.5回 計272回 2年3ヶ月
1級 2007.8/25 41回 計313回 2年7ヶ月
初段 2007.12/2 30.5回 計343.5回 2年10ヶ月


初段を取得して …… 朴木 俊之 (30歳 会社員)


 先日、なんとか無事、初段に合格することができました。下北沢支部に入門してから3年が経ちました。感覚的にはあっという間で、今黒帯を手にしていることが 全く信じられませんが、改めて振り返ってみますと、辛かったことや嬉しかったことなど多くの替えがたい経験が思い起こされ、やはり決して短い時間ではなかったとも 思います。
 最初の頃は、基本の蹴りの練習で既に息はあがり、筋肉はパンパンに張り、移動基本の途中でフラフラになってしまう程で、体力や筋力のなさを痛感したものでした。 基本移動や形などでは、体の使い方やバランス感の悪さに、うまく移動ができず、はがゆい思いもしました。組手では、基本を全く活かせず応用力のなさに混乱したり、 稽古後の練習で内山さんが親切に指導してくださっても、それがいつまで経っても習得できない要領の悪い自分に、悔しさやもどかしさを感じたりしていました。 上げれば切がありませんが、本当に色々な面で、自分の不器用さ、弱点を痛感させられました。
 そんな私でも、今では、筋肉痛や普段病気になる機会も減ってきて体力もつき、精神的な強さや技術もあの頃よりはレベルが上がった、と少しは思えるように なりました。
 ここまで空手を続けることができたのは、空手が持つ面白さや楽しさを知ることができ、また空手以外のことにも応用できる実にたくさんのことを学べたことが あったからです。特に、空手を通して、欠点をよりはっきりと認識できたこと、単に克服するだけでなくそれが基礎から応用、空手以外も含めて実践へと 発展していくことが、新鮮で面白味があり、またやりがいになりました。そして、日々の努力が確かに結実していくことを感じ取れたのは、大きな喜びと 自信にもなりました。
 また、阿部先生と道場に通っている皆さんのお力も大変大きいものでした。阿部先生の基本を大事にされる指導方法や、メリハリのある稽古の雰囲気が、 私にはぴったりで、また楽しみや面白味を見出せる環境でした。先輩方にも、本当に熱心で親身なご指導やアドバイスをたくさんいただくことができましたし、 同じ時期に入門した方々を始め一緒に稽古してきた方々とは、励ましあったり問題点を指摘しあったりと、ともに切磋琢磨することができ、とても助けられ、 大いに励みになりました。
 単に体を動かすことだけでなく、子どもから大人まで幅広い年齢層、様々な立場の方々が、初段取得などの同じ目標に対して頑張っていくこのような空間に 身を置けることは、空手の以外でも刺激を受けたり共感があったりで、仕事や友人関係とは別の新しい世界として私の人生にとって拡がりができて、本当に重要で ありがたいことだと思っています。
 今は、帯を締めて初めてわかるその重さと、改めて感じる自分の未熟さに身が引き締まり、ようやくたったスタートから少しでも上達できるよう稽古に励みたい、 と思っています。皆さん、これまでどうもありがとうございました。また、今後ともご指導の程どうぞよろしくお願いいたします。

朴木 俊之  黒帯への道

  2005.2/24  日本空手協会下北沢支部入会

7級 2005.8/29 45.5回   6ヶ月  
6級 2005.12/17 24.5回 計70回 10ヶ月
5級 2006.4/22 29.5回 計99.5回 1年2ヶ月
4級 2006.8/26 32回 計131.5回 1年6ヶ月
3級 2006.12/16 31.5回 計163回 1年10ヶ月
2級 2007.4/28 34回 計197回 2年2ヶ月
1級 2007.8/25 32回 計229回 2年6ヶ月
初段 2007.12/2 24回 計253回 2年9ヶ月


偶然の始まりから約二年 …… 横田 浩己 (21歳 大学生)


 自分が空手を始めたのはまさに偶然でした。
 音大受験すら考えるほど音楽に熱中していた自分が、ふとしたことをきっかけに音楽を辞めて、偶然あった 同窓会で高校時代空手をやっていた友人に出会い、公園で一緒に練習することになったのが始まりです。公園ではキックボクシングの真似事をして空手とはまるで 違っていました。一ヶ月もしたとき、友人に「道場に通ったほうが上手くなるよ」と言われ、探していつとき偶然見つけたのが日本空手協会下北沢支部です。
 初めて見学に行ったとき、練習途中で足が震えてそれを必死にこらえようとしていた感覚を、今でも覚えています。最初は何もわかりませんでしたが、 1から丁寧に、基本を正しくしっかりと教えて頂き、少しずつでしたが空手をしている感じがありました。
 最初のうちは、練習が面倒になる日が多々あり、「大学卒業までに黒帯取れるかな? 取ったら辞めようかな~」と考えていました。しかし、練習を始めて 半年強が経ったある日、自分の体が明らかに変わっているのに気づき、考えも変わっていました。足が太くなって肩周りが大きくなって、体力が段違いに増えたため、 練習中周りを見る余裕が少し出てきたため練習が格段に楽しくなっていきました。
 審査を重ねて、帯の色も段々と変わっていきました。茶帯になったときに黒帯が視野に入るようになって、ますます練習に行くようになり、練習に緊張感を少しずつ 感じ始めました。そして、黒帯の受験予定者の中に自分の名前があったときは、「ついに来たか」といった感じでした。
 昇段審査の結果は「合格」で自分は、黒帯になりました。目標であった黒帯になり、黒帯を手にしたとき、とても嬉しく顔がにやけてしまいそうでした。 しかし、一方で黒帯を素直に喜べなかった自分もいました。なぜなら、審査の組手で何一つできず負けたことが悔しかったからです。自分なりに練習してきた はずなのに何も出せなかったのが悔しく、「次こそは!」と考えていました。空手を始めた頃は「黒帯取ったら、適当に行こう」とまで考えていた自分が、 気がついたら空手にのめりこんでいました。
 空手を始めて二年経ち、黒帯を手にすることができたのは、阿部先生、諸先輩方のご指導のおかげです。遅くまでご指導して頂き、誠にありがとうございました。 きっと社会人になったら、数年は自分の時間を取れなくなると思いますが、時間のある今は精一杯「黒帯」として精進していこうと思います。いつまで通い続けられるか わかりませんが、これからもご指導のほう宜しくお願い致します。

横田 浩己  黒帯への道

  2005.10/13  日本空手協会下北沢支部入会

8級 2005.12/17 22.5回   2ヶ月  
6級 2006.4/22 32回 計54.5回 7ヶ月
5級 2006.8/28 39回 計93.5回 10ヶ月
仮3級 2006.12/16 38回 計131.5回 1年2ヶ月
仮2級 2007.4/28 35回 計166.5回 1年6ヶ月
1級 2007.8/25 32回 計198.5回 1年10ヶ月
初段 2007.12/2 24回 計222.5回 2年1ヶ月


黒帯への道 …… 楢木野 弘幸 (63歳)


 三十代、四十代、遅くとも五十代から始めるならいざしらず、六十の定年と共に、厳しい武道の練習に自分の身を投じるとは思っていなかった。

 腰痛(椎間板ヘルニア)の持病を持っている私には、いつ腰が悪化して動けなくなるかが、一番の心配であった。
 少しでも調子が悪いと行きづけの整骨院でリハビリに専念して、体調の管理に気をつけた。

 最初の二年間は無我夢中、気力だけでつっぱしった。
 三年を過ぎたあたりから有段者、高段者、また中年以上の形や組手を見る機会が増え、大いに勉強にもなり自分自身を見つめ直すことができた。

 黒帯といっても初段から十段まで存在し、日本はもとより世界中に星の数程いるわけである。
 これからは、自分なりの生き方を空手を通して探して行きたいと思う。
 よき指導者、仲間があっての今の自分がいる。これからが、はじまりである。

楢木野 弘幸  黒帯への道

  2004.7/1  日本空手協会下北沢支部入会

8級 2004.8/28 23回   2ヶ月  
7級 2004.12/18 40回 計63回 6ヶ月
6級 2005.4/23 41回 計104回 10ヶ月
5級 2005.8/27 48回 計152回 1年2ヶ月
仮4級 2005.12/17 41回 計193回 1年6ヶ月
仮3級 2006.4/22 36回 計229回 1年10ヶ月
仮2級 2006.12/16 72.5回 計301.5回 2年6ヶ月
仮1級 2007.4/28 36.5回 計338回 2年10ヶ月
1級 2007.8/25 23回 計361回 3年2ヶ月
初段 2007.12/2 18回 計379回 3年5ヶ月


初段を取得して …… 安藤 詩緒 (26歳 大学院生)


 私は、3年半前に下北沢支部に入門しました。私が空手を始めたのは、大学に入ってから運動不足であったことと、友人から「空手をやってみたら?」と言われた事が きっかけでした。

 空手の挙動を何一つ知らないまま、下北沢支部に入門し、基本の一から教わりました。最初は、移動基本の足の動きや、「追突き・逆突き」という言葉でさえも 「難しいなぁ。ついていけるかなぁ」と感じたものでした。特に、「下段払いで回る」という動きを覚えるのに苦労した記憶があります。

 大学院での勉強等で忙しくなるにつれて、稽古を休みがちになった時期もありましたが、今思えば、それを口実に怠けていた自分もいたと思います。しかし、 私の後ろから新しく入門してきた皆さんの熱心に稽古に参加する姿勢に刺激され、私も徐々に稽古に力が入りました。今は、大学院と空手との文武両道を心掛けて、 できる限りバランスをとる様に自分に課している……つもりです。「継続は力なり」という言葉がありますが、初段を取得した今、その言葉が 身に染みています。

 昇段審査では、最初からいきなり心配の種であった組手の審査をすることになり、先が真っ暗になってしまいましたが、いざ組手の順番が回ってきたときに、 応援に来てくださった内山さん青柳さん朴木さん広瀬さん、また共に審査に挑んでいた遠藤さん藤林さんから「行ってこい! 頑張ってこい!」と後ろから声を掛けて頂き、 背中を押された気持ちになり、不安がとれて組手をすることができました。皆さんからのあの何気ない一声は、私にとって本当に有難かったです。組手の審査が終わって、 気持ちが少し楽になったのか、その後の移動基本と型も、何とか自分の力を出し切ることができ、無事に初段に合格することができました。

 ここまで来られたのも、師範である阿部先生のご指導あってのものだと思います。先生には、本当に感謝申し上げます。また、阿部先生の下で、共に稽古に励む道場の 皆さんにも御礼申し上げます。日頃、アドバイスをして下さったり、審査の直前まで居残りをして一緒に練習をして下さったりしたことも、初段合格に つながりました。

 初段を取得した今、やっと本当のスタートラインに立ったのだと思っています。「ここからだ!」という思いです。まだまだ未熟ですが、黒帯に恥じない稽古を するように精進していきますので、阿部先生、また道場の皆さん、これからも宜しくお願いします。

安藤 詩緒  黒帯への道

  2003.10/23  日本空手協会下北沢支部入会

7級 2004.4/24 33回 計33回 6ヶ月  
仮6級 2004.8/28 14回 計47回 10ヶ月
6級 2004.12/18 17回 計64回 1年2ヶ月
5級 2005.4/23 25.5回 計89.5回 1年6ヶ月
4級 2005.8/27 32.5回 計122回 1年10ヶ月
3級 2005.12/15 25回 計147回 2年1ヶ月
2級 2006.4/22 32回 計179回 2年6ヶ月
1級 2006.8/26 34.5回 計213.5回 2年10ヶ月
初段 2007.4/8 58.5回 計272回 3年5ヶ月


空手道 4年3ヶ月 …… 藤林 牧子 (33歳 OL)


 空手を始めたきっかけは、心身ともに強くなりたい、武道でもやりたいと思っていたところに、スポーツクラブで協会の墨田支部の先生が護身術を教えてくださり、 先生方の雲手を見て「私もこれやりたい!」と空手の難しさ、奥深さなど考えずにスクールに入ったことでした。
 週一回でしたが、丁寧に基本から教えていただき、毎週楽しみにしていました。
 初めての昇給審査で仮がついてしまい、どこをどうしたら仮じゃなくなるのかわからない、できない悔しさがあって、稲城支部に練習生として通わせていただきました。 スポーツクラブとは違って黒帯の中に混じっての稽古はかなりきつくて帰りにホームで座り込んでしまったり、吐いたりしながら通いました。
 道場のコーチや先輩方はとても細かく教えてくださり、稽古のあとに道場で鍋を食べたり、飲んだり、アットホームで楽しく通えました。
 ただ稽古するのではなく、そういう暖かさがあったので、遠くても、きつくても通えたのだと感謝しています。
 引越しでスポーツクラブも道場もやめてしまい、体はなまるし、太るし、このまま中途半端で終わりたくないと、道場を探しました。
 下北沢支部に見学に来て、事情を説明し、阿部先生に快く受容れていただき、また空手を始めることができました。転入生で緊張しきっていた私に、小林さん、 佐々木さん、広瀬さん、安藤さん、四方さんはとても親切にしてくださり、楽しく続けることが出来ました。親しき仲にも礼儀ありの関係ですが、公私共に仲良くしてくれて、 体力、技術ともに不安でいっぱいだった私を今日まで引っ張ってくれてとても感謝しています。
 足首もかたく、体力のない私を今日まで根気良く見捨てずに指導して下さった阿部先生、とても感謝しています。
 知識も経験も浅い私に沢山指導してくだっさった先輩方、仲間達、みなさんがいなかったら空手を続けることも、今回の審査を受けることもできませんでした。
 正直この4ヶ月は精神的にきつくて、不安と焦りでいっぱいでした。自分なりに昇段審査までのスケジュールをたてて、走ったり、腹筋したり、ペットボトルを突く練習、 イメージトレーニングをしました。でも組手を実践したことがなかったので、いざ人を前にすると動けないし、今までの基本練習もめちゃくちゃになってしまうくらい 形も動きもできませんでした。恐怖と、焦りで毎晩泣いていた頃、横田君と小林さんが教えてくださって、もうあまり時間がないのはわかっていましたが、 ありがたかったです。
 怪我したり、精神的に参っている時に安藤さんも同じ気持ちだと知って、支えて引っ張ってもらって、受験も逃げずに乗り切ることができました。
 稽古時間を延長してまでご指導いただいた阿部先生、打ち込みや防御を教えてくださった内山さん、中村先輩、千葉さん、小林さん、青柳さん、遠藤さん、 遅くまで稽古につきあってくれた横田君、広瀬さん、自分の怪我の方が大変なのに応援し続けてくれた四方さん、張り詰めた気持ちを癒してくれた竣介、自分の実力ではなく、 みなさんの応援があったおかげでどうにか合格できました。本当に感謝しています。
 当日は組手からだったので、体力が持つか不安でしたが、一番気がかりだった組手の審査員が阿部先生だったので、落ち着いてできました。
 経験不足でしたが、今までの緊張はなくなり、どうにか2回戦終えることができました。組手の最初は「上段」しか頭になく、終わってみて「あーすればよかった」 とか「もう少し打てたのでは?」とか練習不足がかなり悔しいです。
 審査中は気がつかなかった手の怪我も、審査を見学に来てくださった内山さん、広瀬さん、青柳さん、朴木さんのおかげで次の基本、形を続けることができました。 審査に見学に来てもらえることも安心感があって、ありがたかったです。
 基本は、自分の中では力いっぱいできました。形は、練習不足か途中後屈ができなくて中屈になってしまったのがわかって乱れてしまったことが悔しいです。
 やはり、いつもベストな自分でいられるように、これから稽古しなくてはと実感しました。
 自分の中では、納得できない部分が多かった審査でしたが、どうにか合格できたことは、阿部先生、道場の皆さんのおかげです。黒帯を取ってからが本番。 黒帯を締めても恥ずかしくないように、これから頑張ります。

藤林 牧子  黒帯への道

  2005.2/3  墨田支部系列(2003.1月入会)より移籍 日本空手協会下北沢支部入会歳

仮7級 2003.10/6   滝澤師範 9ヶ月  
6級 2004.4/26   滝澤師範 1年4ヶ月
仮5級 2005.4/23 24回   2年4ヶ月
仮4級 2005.8/27 45回   2年8ヶ月
仮3級 2005.12/17 36回   3年
仮2級 2006.4/22 42回   3年4ヶ月
仮1級 2006.8/26 41回   3年8ヶ月
1級 2006.12/16 36回   4年
初段 2007.4/8 36.5回 計?+260.5回 4年3ヶ月


 初段獲得の声 ── 少年の部


初段会得 …… 塩谷 健(6年)


 ぼくは2年生の6月に空手を始めました。最初の頃は、稽古の休憩中に、変な事をしてふざけていた事がありました。 その頃には黒帯は夢のまた夢で稽古をしていても取れないと思ってました。
 しかし、4年生の茶帯の時、ぼくは内山先輩によく「こんなんじゃ黒帯取れないぞ」 と言われていたので、黒帯をもうすぐ取れるのかと思い、本気で練習しようと思いました。 そして黒帯を手に入れるため昇段試験を受けました。
 試験では、道場の人たちが応援に来てくれたので、良かったです。 基本、形、組手の順にやっていきました。緊張していた基本は、とちゅうで、こけてしまうというハプニングがありました。 でも、それから緊張がどんどんとれて、組手では全力を出し切る事ができました。
 終わってから、次の稽古の時、結果が発表されて、ハプニングがあったから受からないと思っていたけど、何とか受かる事ができたのでよかったです。
これからもぼくは、つづけていきたいです。ありがとうございました。

塩谷 健  黒帯への道

  2007.6.18  日本空手協会下北沢支部入会  (2年生)

9.8級 2007.12/15 67回   6ヶ月 2年生
7級 2008.4/26 41回   10ヶ月 3年生
6級 2008.8/30 45回   1年2ヶ月  
5級 2008.12/13 36回   1年6ヶ月  
4級 2009.4/25 43回   1年10ヶ月 4年生
仮3級 2009.8/29 34回   2年2ヶ月  
3級 2009.12/19 33回   2年6ヶ月  
仮2級 2010.4/24 35回   2年10ヶ月 5年生
2級 2010.8/28 31回   3年2ヶ月  
仮1級 2010.12/18 26回   3年6ヶ月  
1級 2011.4/23 27回   3年10ヶ月 6年生
初段 2011.8/28 28回 計446回 4年2ヶ月


黒帯への道 …… 小貫 真基 (11歳 小6)


 ぼくは、5才の5月から空手を始めました。
小学1年生のころから、週に3回通い始めて、MVPをとるのが楽しかったです。
 4年生になって空手がいやになり、休んだり通ったりの日々でした。 練習に毎回通っているのになかなか級が上がらなくてみんなに抜かされて悔しかったからです。それでもあきらめずに続けて行ったことが 黒帯への道につながったと思います。
 茶帯になって、やっとまじめにやろうと思い、一生懸命やっていました。
 あっという間に月日がたち、一級になっていました。とうとう昇段審査を受けることになり、下北沢支部7人受けました。
 審査の後、重大発表で2週間ほど黒帯を預けることになり、すごくショックでした。
 2週間と言っていたのですが、それが1ヶ月になり毎日が待ち遠しかったです。
 これからも僕は空手を続けていきたいです。そして特に、苦手な自由組手がうまくなりたいです。みなさんこれからも、よろしくお願いします。

小貫 真基  黒帯への道

  2007.5.12  日本空手協会下北沢支部入会   5歳

9級 2007.12/15 36回   7ヶ月  
8級 2008.8/30 45回   1年3ヶ月 1年生
7級 2008.12/13 26回   1年7ヶ月  
6級 2009.4/25 44回   2年 2年生
仮5級 2009.8/29 36回   2年3ヶ月  
5級 2009.12/19 33回   2年8ヶ月  
5級 2010.4/24 41回   2年11ヶ月 3年生
仮4級 2010.8/30 44回   3年3ヶ月  
4級 2010.12/18 36回   3年7ヶ月  
仮3級 2011.4/23 40回   3年11ヶ月 4年生
仮3級 2011.8/27 44回   4年3ヶ月  
3級 2011.12/17 29回   4年7ヶ月  
仮2級 2012.4/21 36回   4年11ヶ月 5年生
2級 2012.8/25 35.5回   5年3ヶ月  
仮1級 2012.12/15 32回   5年7ヶ月  
1級 2013.4/27 36回   5年11ヶ月 6年生
初段 2013.7/28 27回 計620.5回 6年2ヶ月


黒帯になって …… 中野 瑛介 (小6 3月)


 今年の3月26日、僕は道場で黒帯をもらいました。昔から、目指してきた"黒帯"。この帯をもらうため、たいへん苦労しました。
 1999年、9月2日、空手というスポーツと出会いました。僕が入ったのは下北沢支部でした。先生は阿部先生という女の先生でした。
阿部先生は時には優しく、時には厳しく、とてもいい先生でした。
大会では結果を残せなかったけど、自分の力は、これだけだということがよくわかりました。
大会の中でも、一番口惜しかったのは、黄色帯のころ同じ帯の女子に負けてしまったことです。ここで、どんな相手であろうと、油断大敵だと知りました。 形も組手も、相手が強く、手も足もでないこともありました。でも、大会は自分にとっていい経験になったと思います。4年生の時の大会で同じ帯の人に負けて、次は、 絶対負けないと、次第に練習をしっかりやるようになってきました。
 そして、2004年の11月28日、初段合格という知らせが届いた時はとてもうれしかったです。418.5回の練習の成果が初段試験で全て出し切れたと思います。 ここまでこれたのも先生をはじめ多くの方々のおかげだと思っています。本当にありがとうございました。

中野 瑛介  黒帯への道

  日本空手協会下北沢支部入会  (1年生の2学期)

9級 2000.4/15 51回   7ヶ月 2年生
8級 2000.8/19 28回 計79回 11ヶ月  
7級 2000.12/16 29回 計108回 1年3ヶ月  
仮6級 2001.4/14 25回 計133回 1年7ヶ月 3年生
6級 2001.7/26 24回 計157回 1年11ヶ月  
仮5級 2001.12/15 32回 計189回 2年3ヶ月  
仮4級 2002.4/13 25回 計214回 2年7ヶ月 4年生
4級 2002.7/13 24回 計238回 2年10ヶ月  
仮3級 2003.12/14 31回 計269回 3年3ヶ月  
3級 2003.4/12 25回 計294回 3年7ヶ月 5年生
2級 2003.8/30 35回 計329回 4年  
仮1級 2003.12/20 25回 計354回 4年4ヶ月  
1級 2004.4/24 29回 計383回 4年8ヶ月 6年生
初段 2004.11/28 20回 計404回 5年3ヶ月
黒帯授与 2005.3/26 14.5回 計418.5回 5年6ヶ月


黒帯となって …… 原川 拓士 (中1 4/3)


 僕は、小学1年生の時に、空手という武道に出会いました。最初は遊びというつもりでやっていた空手がいつの間にか本気でやるようになっていました。
 そして昨年の7月、僕は日本空手協会下北沢支部に行きました。その道場の雰囲気は前にやっていた道場よりずっと良く、大人から子どもまでいろんな年代の人たち が空手を練習しています。僕はそこで基本的な技を学びたいと思っていました。
その道場の先生は、阿部先生という先生で、とても優しく、時には厳しい、そしてなにより教え方の上手な先生です。下北沢に入って半年以上がたった今、僕は黒帯です。 黒帯という、色帯とはちがった帯となり、不安はたくさんありますが、数々の期待と希望もあります。
 僕はこれまでに、2回の大会に出場して、優勝、3位、5位という成績を残しました。これは先生や道場のみなさんが僕に協力してくれた結果だと思います。 本当にありがとうございました。
 これからも、今までより基本を大事にして、心も成長していけたら良いと思います。もっと空手を勉強して、知識を広げていけたらと思います。

原川 拓士  黒帯への道

1998 小学1年生の時「修道会」町田道場入会
2002.12月 修道会の初段取得(5年生)

  2004.9/4  日本空手協会下北沢支部入会 (中学1年生)

9級~1級 2004.10/30 17回   6年7ヶ月  
初段 >2005.4/3 22回 計?+39回 7年


黒帯への道のり …… 井沢 満彦 (小6 12月)


 ぼくが空手を始めたのは4才のときでした。最初は訳もなくくるくる回ったり、ただ遊んでいるだけで、何度も親にしかられていました。
 空手がおもしろいと感じ始めたのは3年生ぐらいのときでした。でも、窓の外で鳴いているカエルの声に心を奪われたり、どうでもよいことが気になったりして 先生の言うことをよく聞いていないことがよくありました。
 空手を真剣にやろうと決めたのは、6年生の夏でした。毎日まだ終わっていない宿題を終わらせるのに苦労しながら空手に通いました。変なくせや、力がはいってないとか、 いろいろ欠点があるので、それらを直すためにせいいっぱい練習しました。そして、やっと1級試験に合格しました。
 その勢いでぼくは黒帯を受けることになりました。できるかぎり練習してむかえた試験当日、ぼくはこれまで出場した進級試験や大会のときよりも緊張して、 練習の成果を十分出すことができずに何度も失敗してしまいました。とくに組手は全然ダメでした。帰ると、母さんまで「人生に挫折はつきものだ」と訳のわからないことを 言っていました。完全に落ちたと思っていたので、午後の練習の終わりに先生が発表したときに結果が信じられませんでした。ぼくは平均値すれすれで合格したようです。 今までで一番うれしかったです
 黒帯にはなったけど、これからも空手をやめないで修行をつんで、まだ下手なので、もっともっとうまくなりたいです。

井沢 満彦  黒帯への道

9級 2001.9/30     1年4ヶ月 1年生
8級 2002.2/17     1年8ヶ月  
7級 2002.10/6     2年4ヶ月 2年生
6級 2002.12/1     2年6ヶ月  
5級 2003.2/23     2年9ヶ月  
4級 2003.5/25     3年 3年生
3級 2003.9/21     3年4ヶ月  
仮2級 2004.2/29     3年9ヶ月  
  2004.8/28 日本空手協会下北沢支部移籍 4年生
2級 2004.12/18 15回   4年6ヶ月  
1級 2006.8/26 88.5回   6年2ヶ月 6年生
初段 >2006.12/9 25回 計?+128.5回 6年5ヶ月


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